法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『 終戦ドラマ「しかたなかったと言うてはいかんのです」』

1945年5月の福岡。教授に呼ばれて捕虜の手術に参加した助教授は、人体実験をしていることに気づく。
敗戦とともに裁判がはじまり、拘置所の教授は軍に命令されたが自分に全責任があると遺書をのこして自殺。
助教授は出廷できるなかでの最高責任者として、死刑判決がくだされるが……


『海と毒薬』の題材になったことで知られる生体解剖事件を、NHKが1時間15分でドラマ化。精緻なVFX*1をつかって巣鴨プリズンや廃墟になった街の全景を見せる。
www.nhk.jp
メインスタッフは下記のとおり。原案と制作統括が同姓だが、熊野以素は事件で死刑判決がくだされたひとりの姪で*2、かつ熊野律時の母親らしい*3

【作】  古川 健
【原案】 熊野以素「九州大学生体解剖事件70年目の真実」
【音楽】 小林洋平  
【制作統括】 三鬼一希(名古屋局) 熊野律時(大阪局)
【演出】 田中 正(大阪局)

この時期の報道は、軍部や政府の責任を多少は追及しつつも、戦災被害者としての日本人視点になりがち。しかしこのドラマの主人公は、巻きこまれた被害者ではなく、加担者として加害責任を背負うことを選択していく。
与党自民党の介入で公共放送として骨抜きにされつづけたNHKだが、ドラマでは十年以上前から加害者としての日本も何度か描いてきた。そこにふみとどまるだけでも意味はある。
hokke-ookami.hatenablog.com
教授が医学研究のためと生体解剖を正当化する姿には、新型コロナ禍で医療従事者が個別の市民を軽視しがちな現状も思い出す*4
主人公も、生体解剖と知った後はやめるべきと主張するが、現場で教授からうながされて、消極的ながら次の手術にも協力してしまう*5
摘出された傷のない肺や、咳きこんで血を吐く捕虜の生々しい描写も、連想を助けた。


法廷ドラマとしても見どころが多い。
別の教授が証言台に立ち、医療従事者ならばどのような状況でも患者を救うし、自分ならば生体解剖を拒否したと堂々と演説する。いかにも鮫島伝次郎*6のようなふるまいで、主人公の妻は後からなら何とでもいえると批判するが、建前の正論は監獄の主人公を責めさいなむ。
妻が通訳の協力を借りて追及すると、外国人の弁護士は単純に仕事をしなかったのではなかったこともわかる。法廷戦術のため自殺した教授に責任があるようストーリーをつくり、誰かひとり責任を負うかたちにするなら主人公しかないと考えたのだ。
一方、監獄で捕虜として豊かな食事があたえられたり、人間としてあつかわれることで、主人公は罪に向きあっていく。裁判で捕虜ひとりひとりの名前が語られた記憶も、個人を傷つけたという認識を主人公にもたらしていく。
再審のためには主人公自身が嘆願書を書かなければならないが、妻に求められても首をたてにふらない。その時の主人公は加害の加担者として、全体の責任を背負うことを決めていた。参加していない手術にもたちあったというストーリーを飲むほどに……


……ここで連想したのが吉田清治だ。わざわざ自身の加害を、それも実態と異なるだろう証言を自発的に公表したことが謎とされる。
ドラマの主人公と同じように、徴用制度の加担者として無関係な罪についても自分の行為として発表したのではないか、と以前から想像している。吉田清治が労働者を強制連行した事実は名簿から裏づけられているし、日本軍慰安所制度に言及していったのは戦後に証言をおこない加害に向きあった後だ。
もちろんこの想像に明確な裏づけはないし、他に動機がある可能性を否定するものではないが……


最終的に主人公は考えを変えるが、それは監獄に来させないようにしていた子供と面会したため。主人公に罪がなかったとは結論づけないし、状況に流されたという釈明を否定しつづける。
広々とした情景をVFXで再現しながら、くりかえしクローズアップで顔面の表情をとらえる撮影が、主観的なドラマと印象づける。過去の出来事と視聴者が切断処理してしまわないように。
そして結末で老いた主人公夫妻の姿を見せ、あらためて加担者の責を問う。このドラマは過去の一事件を記憶するだけではなく、視聴者への問題提起としても現在進行形で力をもっている。

*1:クレジットはされていないが、『進撃の巨人』等の特撮監督で知られる尾上克郎が協力しているとのこと。NHKでは大河ドラマいだてん〜東京オリムピック噺〜』の特撮を担当した。

*2:www.nishinippon.co.jp

*3:熊野律時がディレクターを担当したドキュメンタリードラマ『ふたりのキャンバス』の講演を紹介するブログエントリによる。 neko-blog.cocolog-nifty.com

*4:その極北が、老齢の患者を切り捨てるように集団免疫を獲得しようとしたスウェーデンだろう。

*5:たまたまドラマ視聴の前日に映画『ハクソー・リッジ』を初視聴しており、戦時の医療関係者として対照的に動いた主人公個人のありようがいっそう印象深くなった。

*6:漫画『はだしのゲン』に登場する町内会長で、戦時中は住民を戦争に加担させたが、戦後は選挙活動において戦前から平和主義者だったと白々しく演説する。