法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

日本中世史家の亀田俊和氏と、「非モテ」という概念にまつわる歴史

日本中世史家の呉座雄一氏や周囲がSNSで誹謗中傷をくりかえしていた問題で、被害者のひとりだったid:hokusyu氏がハーバービジネスオンラインに記事をあげていた。
呉座勇一「炎上」事件で考える、歴史家が歴史修正主義者になってしまうということ | ハーバー・ビジネス・オンライン
しかし記事そのものとは別個に、はてなブックマークで興味深い反応があった。id:afterkun氏による下記コメントが多数のはてなスターを集めていたのだ。
[B! 歴史] 呉座勇一「炎上」事件で考える、歴史家が歴史修正主義者になってしまうということ | ハーバー・ビジネス・オンライン

afterkun こんなツイートをして亀田氏から抗議を受けても謝罪しない人間の文章に何の価値が有るのか。呉座氏は最低だが、北守こと藤崎氏も褒められた人間ではないよ。 https://twitter.com/hokusyu82/status/1372004857733812228?s=21


あまり関係ないが、今回の亀田発言擁護勢、散見するに亀田氏含めて非モテ系反フェミおっさんが多い気がするのだが、未だにマルクス主義に恨み言を言い続けてるのと親和性あるんだろうか。

しかし引用されているツイートを見れば、afterkun氏がコメントした4月3日以前に釈明ツイートをおこなっていることを、hokusyu氏は自己リプライで説明している。


とりあえず、こんな感じで説明しています。

twitter.com/hokusyu82/status/1372004857733812228?s=21
亀田氏が念頭に置かれてるのがもしこのツイートのことについてであれば、経緯を説明します。

一連の釈明ツイートにおいて、hokusyu氏は「非モテ」という概念を共有しない人を考慮していなかったことを反省するむねを書いている。


非モテ系というのは2000年台前半からずっと、モテないことではなく、モテないことを内面化した言説を行う者またはグループのことを指す用語として使われてきたと思いますが、その文脈を共有しない人がいることを考慮できなかったのは反省しています。

たしかに「非モテ」当事者として活動している集団「革命的非モテ同盟」は、2009年の取材時点で状態のみを指す概念ではないと表明していた。
「非モテ」に異変 「恋人なんて欲しくない人」急増: J-CAST ニュース

もともと「非モテ」とは「モテてもろくなことがなく、恋愛を避けて面白おかしく生きた方がいい」「モテることが『正義』という扱いはおかしい」という概念だ。それが「モテるようになろう」に変化した。現在は初めの頃の考え方に回帰している状態なのだという。

非モテ」という概念を論じた書籍もいくつかあり、必ずしも異性にモテない状態ではなく、「ルサンチマン」や「自己嫌悪」のような自意識の問題として語られていた。

『非モテの品格 男にとって弱さとは何か』ルサンチマンを超えた先にあるもの - HONZ

非モテにも種類がある。そこに客観的な基準は存在しない。恋人がいなくても非モテに苦しんでいない人は「非モテ」ではないが、反対に恋人がいたり、複数の人から愛されていても非モテ意識に苦悩する人は「非モテ」の当事者である。


そのような「非モテ」を亀田氏は「大した差別」「罵倒」と受け止め、いまのところhokusyu氏の釈明も認めていないようだが、そうなると不思議なことがある。


すげえなあ…。大した差別だよw


もっかいリツイート。これは定期的にあげていくからね。


>「非モテとはモテないことではない」

う~ん、なんだこの、30手詰めくらいの詰め将棋を解かされている気分になるこの言説は…。

亀田氏もまた、かつて「非モテ」という表現で他者を評していたことが何度となくあるのだ。


というより、そんなに話題になってるからこそモテないのでは?鮭缶さんの非モテは超有名ですから☆

>RT

2016年には呉座氏から言及されて、かけあいするように自他を「非モテ」や「不細工」と論じあっていた。


鮭缶は自分で不細工と言ってますよ。そこが亀田先生との違い。
ガチ非モテ、ガチ不細工なんじゃないですか?w

2019年に、多分やんわりたしなめた佐藤信弥氏に対しても、重ねて呉座氏らを「非モテ」と位置づけて笑わせようとしていた。


ほんと、非モテ呉座と鮭缶が垂れ流すデマのせいで迷惑してるんですよw

オレのTLが汚れすぎていて🐢先生のイメージがどんどんアレなものになっていく…

2020年11月になって呉座氏と決別した時*1、追及されて謝罪を表明したが、前後して「お前もなー」という自認を「非モテ」の釈明につかっている。


あと、私はミソジニーって言ったことないし、非モテもご結婚されてからは言ってないですね。人斬りもほとんど言った記憶はないし、非モテと人斬りは「お前もなー」って担保があるから成立するわけで、全裸とは違うんだよな。まあ、ほかの人は存じませんが…。


>鮭缶に対してはさんざん「非モテ」ってからかってましたよね。自分が他人をからかうのは良くて、他人が自分をからかうのは許せないんですか?

もう何年もしてない気はしますが、確かによくありませんでしたね。鮭缶さんも嫌でしょうし、今後はやめたいと思います。申し訳ありませんでした。

「結婚されてからは言ってない」という釈明から、「非モテ」を状態の表現と亀田氏が意識していることもうかがえる。ただし、そうなるとhokusyu氏と違って意識的に「罵倒」していたことになろう*2
ちなみに、亀田氏と会話したり言及されている鮭缶氏は歴史学者の塚本英樹氏であり、先述の「革命的非モテ同盟」で「大総統」だった。その塚本氏からもhokusyu氏は中傷されたという*3


ところで呉座氏の周辺で同じように悪口を言い続け、何も反省していない呉座氏以上の卑怯者についても、私は許しているわけではあひません。たくさんいますが、二名だけ名指しすると平林緑萌と塚本英樹です。

「亀田氏含めて非モテ系」というhokusyu氏の表現は、どこまで認識していたことかはわからないが、まさしく当事者の自認を引いたものであったのだ*4

*1:仲間内で相互におこなわれていても、長期間にわたると「イジリ」が不満を鬱積させる実例として印象深い。

*2:状態の変化にしたがって表現をやめたのであれば、「モテ」を評価基準にする差別的な思考をつづけている可能性も残る。

*3:平林緑萌氏からは謝罪ツイートがあり、hokusyu氏も受け入れている。

*4:自認や知人からの評価と、第三者からの評価では、まったく同じ文言でも受けとる感覚まで同じとは限らない。