法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

そういえばシャーロックホームズの映像化で、原作のままコカインを摂取する描写が求められた事例がどれほどあるだろうか?

『銀河英雄伝説 Die Neue These』がどこまで放映されていたかを知ってて反論している人はどれだけいるのだろう? - 法華狼の日記

新旧アニメ版『銀河英雄伝説』のジェンダー描写についてid:brighthelmer氏がツイートし、良くも悪くも注目をあびていた。

上記のツイートからつづくやりとりで、brighthelmer氏は原作のジェンダー描写を大きく改変することを求めたのではなく、そもそも描写の優先順位から考えて削られることを想定していた。

もちろんこのツイート自体が描写を削る以外の選択肢を全否定しているわけでもない。重要な描写ではないと主張する相手に対して*1、映像化せずに削るという選択肢があることの指摘だ。
その上で、原作の描写に忠実とされているメディア展開でも、必ずしも全ての描写をそのまま引きうつすわけではないことは思いだされる。


たとえば、主人公のコカイン摂取を描写しないことだけをもってシャーロキアン*2が映像化を批判するだろうか。現代ではコカイン摂取をそのまま映像化することが難しいだろうと社会学*3が今後のメディア展開を予想した時、そう予想すること自体が表現への抑圧だとしてとりさげを求められたりするだろうか。
念のため、無数の映像化がされてきた作品は、原作に忠実にという要求の順位が愛好者からも下がっていくものではあるだろう。一般的に、すでに原作に忠実なメディア化が多く存在するのであれば、愛好家にも変化を許容する余裕ができやすい。しかしシャーロックホームズの場合、その理由で許容できるほど過去のメディア化でコカインが描写されてきた印象はない*4


ノワールなサスペンスとして時代性の表現に活用もできそうなのに、思いあたるのはパロディ的な作品ばかり。公式なメディア展開ではスマートなイメージを優先して削る印象がある。

ちなみに時代設定をうつした2009年版映画は、主演する現実の現代人ロバート・ダウニー・Jr.が薬物を嗜んでいたのに、虚構の劇中ではコカインが摂取されない逆転があった。

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その主演インタビューでは、子供もふくめて広い観客に見せるため描写を削ったことが明言されていた。くわえて、当時と現在で描写から受ける印象の違いにもふれていた。
シャーロック・ホームズ インタビュー: ロバート・ダウニー・Jr.&ジュード・ロウが語る新生「シャーロック・ホームズ」 - 映画.com

──原作でホームズが愛用する7%の溶解液は登場しませんね。

「7%の溶解液は僕に言わせると薄すぎるね。というのは置いておいて、コナン・ドイルが作り上げたホームズは決して薬物依存症なんかじゃないんだ。コカインはビクトリア時代には薬局で普通に買うことができる合法の嗜好品だったんだ。ホームズの嗜好に触れないのはやや無責任かなと個人的には感じたけど、この映画は子供も見られるPG13だから、薬物使用を賞賛するわけにはいかないよね」

このインタビューを読むと、現在とは位置づけが異なる描写をメディア展開で削ることは、むしろ当時に創られ理解されたキャラクターイメージを守ることがある、という意識も感じられる。

*1:むしろジェンダー描写の古臭さが作品で重要だという立論にしたほうが、brighthelmer氏への反対意見として通用したように思える。なお、ここで「反対意見」は反論とは少し違う意味で選んだ表現だ。

*2:シャーロックホームズの作品やキャラクターの熱狂的な愛好家のこと。

*3:ちなみにbrighthelmer氏は以前から社会学者と自認することが難しいと自身の立場を何度か説明しているが。

*4:コカインは劇中でも視点人物のワトソンが止めるように、当時でも不健康な趣味という位置づけではある。骨相学や遺伝についての誤った考えを知的な主人公が無批判に採用して、現在から見て知的に思えなくなることは、より大きな問題だ。しかし代表的な長編『バスカヴィル家の犬』などで要点にかかわっているので、今回のエントリではまた別の問題としたい。