法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『L change the WorLd』

タイにおける謎の病気の蔓延から少し後。ワタリという老人のもとへ、タイ人の少年や、ウイルス学者の娘が助けを求めてくる。
ワタリに育てられた名探偵「L」は少年と少女をつれて、ウイルステロをたくらむ環境保護団体から逃亡をつづけるが……


少年漫画を原案とする、2008年の日本映画。別スタッフによる実写映画オリジナルの結末からスピンアウトした外伝で、原作のひろわれなかった設定も描写している。

L change the WorLd

L change the WorLd

  • 発売日: 2015/03/14
  • メディア: Prime Video

かつて鑑賞した時は展開の意外性も論理の巧妙さも感じず、いくつかの映像以外は楽しめない作品だった。
しかし生物兵器としてのウイルスをめぐるサスペンスということで、新型コロナ禍の現在から再評価できるかと思って再見。


発症をたしかめるため体温を記録する描写*1、防護服を着て街を消毒する風景など、現在を思わせるビジュアルは記憶より多い*2

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ただし感染症が蔓延している現在から見ると、むしろ危機を知っているはずの登場人物が誰もマスクや手袋をしない情景に違和感があった。


とにかく感染症の脅威がストーリーの都合にあわせて変化しすぎなのだ。
ところどころ急激な症状進行で驚かせる巧さはホラー映画の監督ならではという感じだが、リアリティには欠ける。ウイルスを注射して数分で皮膚がただれれば、それは驚きはするが……
致命的なのが、せっかく偽装車両で逃げているのにFBI捜査官に運転をまかせて囮にして、Lが少年と少女をひきつれて電車や自転車で移動する展開。劇中で最も頭のいい設定の主人公なのに、無駄に病気をまきちらす描写をつづけられると、エキストラを集めたりカーチェイスに力を入れるほど、鼻白んでしまう。
さすがに協力を求めてたどりついた別のウイルス学者に叱責されるが、そこでLはいっさい釈明しない。本当にただ多くの第三者を危険にさらしただけになってしまった。たとえばカーチェイスで銃撃されて車両が破壊されるくらい切迫した危機を描いて、できるだけ感染をふせぎながら逃げるしかなかった……くらいの描写はしてほしい。
少女が感染症を媒介する存在として恐れられているのに、タイから日本までやってきた少年が感染症を媒介している危険性が言及されないことも首をかしげる
そうして街中にウイルスをまきちらたのに、何も起きない。もし消毒が効果をあげて犠牲者が出なかったのなら、いくら少女が発症前で感染力が低いとはいえ、生物兵器として大した脅威にならないのではないか。


人間心理も理解しがたい描写が多くて、それをあまり気にしない私ですら違和感があった。
まず、敵組織に利用されかけたウイルス学者が自身へウイルスを注射するのは自罰をかねているとしても、少女までウイルスを自身に注射する展開の意味がわからない。
平気で殺人をつづけ、Lのアジトまで無理やり押しかけた敵組織が、そんな少女の注射を棒立ちで見守る演出も納得いかない。その少女を廊下の奥から歩いてきたLが腕ずくでつれていくのも、それも敵組織が棒立ちで見送るのも、サスペンスも何もない。
その後に別のウイルス学者に身をよせてから、抗ウイルス剤ができれば感染させる復讐はできなくなるからと、少女が勝手にひとりで敵リーダーに会いにいく判断も理解しがたい。
そのまま工夫なく拘束されて、敵組織がウイルスのキャリア*3を確保してしまう。物語の都合で少女が動いたようにしか見えないし、出ていったことに気づかないLもマヌケに見える。
復讐したいならウイルスをうつすため手を切って血を出すような遠まわりしなくても、そこに持っている刃物をつかえばすむだろうという疑問もおぼえる。事実として、抗ウイルス剤が完成した後は、少女は刃物をつかって復讐しようとする。
クライマックスで旅客機をのっとって米国へ向かう展開も、敵組織の構成員まで発症しながら操縦しているので途中で墜落するだけになりそうだし、事実として操縦不能におちいって管制塔へつっこんでいく。抗ウイルス薬が完成していないなら、外国行きをあきらめて日本国内で蔓延させる判断をしそうなものだ。


ただ一応、あらためて日本映画としては映像に見ごたえはあった。
タイのロケ撮影はスケール感があるし、大スケールの村ミニチュア爆破も実景と見まがうクオリティだ。電車を借りきった撮影も物語の説得力のなさを無視すればビジュアルの面白味はある。クライマックスも空港いっぱいをつかったアクションは楽しい。
しかし旅客機の鼻先が窓ガラスに当たってヒビを入れるだけ、という結末はパニックを期待した観客としては期待はずれ。ここも空港の滑走路側と旅客機の戦闘の巨大ミニチュアくらい作って、人的被害は出さないが盛大に窓ガラスが粉砕されるくらいのカタルシスはほしかった。

*1:ただし少女の身体について後に明かされる設定からすると、実際は別の目的で体調を記録していたのだと思われる。

*2:Amazonプライムビデオ予告編の31秒。

*3:ダブルミーニング