以前にエントリで簡単に先行する指摘をまとめたように、もともと弥助が黒人の侍だったという見解は日本の物語で定着していた。それを完全否定する意見が大きなボリュームとなったのは、ゲーム『アサシン クリード シャドウズ』への反発からだった。
弥助が黒人の「侍」だったという話を今さら否定することはできない - 法華狼の日記
上記エントリで紹介したWL641884氏のエントリで現在の複数の歴史学者の見解が引かれているが、確実なことはいえないという立場はあっても侍と呼ばれておかしくない身分だったことはひとりも全否定していない。
弥助関連史料とその英訳 / YASUKE in historical materials - 打越眠主主義人民共和国
なかでもツイッターで弥助を「侍」と断定したことで平山優氏が現在まで反発されているが、実はWL641884氏が紹介するなかで最も低い身分だったと考えて「武士」であることは否定したりしていた。
そのような平山氏に生成AIのGrokに資料を出させて、いったん「Grokか平山先生のどちらかが嘘をついている」との可能性を考慮したかと思えば、恩師のいないところで言いたい放題していると主張したのが「曼珠沙華@8RSpto0nAlG7ziy」氏*1だった。
https://t.co/XT3BrM06DW
— 違うんです (@8RSpto0nAlG7ziy) 2025年10月17日
この部分、Grokか平山先生のどちらかが嘘をついていることになるから恩師の藤木先生の居ないところで言いたい放題言うじゃん… https://t.co/LnHse7tqh3 pic.twitter.com/0dWLzBBu9c
x.com/i/grok/share/s5gTzL56uzrHgfbCfdyxUTcY8
この部分、Grokか平山先生のどちらかが嘘をついていることになるから恩師の藤木先生の居ないところで言いたい放題言うじゃん…
これに対して平山氏が提示した資料の大半が存在せず、実在する場合も情報が誤っていることを指摘した。すると「曼珠沙華@8RSpto0nAlG7ziy」氏は「私ではなくGrokを修正すれば良い」と反応した。
曼珠沙華さん、あなたの反論を拝見しました。Grokか私のどちらかが嘘をついているといいつつ、藤木先生の議論にも反している私が嘘つきとの論陣を張っておられますね。ところでお聞きしたいのですが、あなたはAIの回答が正しいと思って、ぶつけてこられたということでよろしいですね?では、私から疑問… https://t.co/XDgKWKIIEP
— K・HIRAYAMA (@HIRAYAMAYUUKAIN) 2025年10月19日
曼珠沙華さん、あなたの反論を拝見しました。Grokか私のどちらかが嘘をついているといいつつ、藤木先生の議論にも反している私が嘘つきとの論陣を張っておられますね。ところでお聞きしたいのですが、あなたはAIの回答が正しいと思って、ぶつけてこられたということでよろしいですね?では、私から疑問を提示させていただきます。AIが論拠とする事項についての疑問を提起します。
①黒田基樹『戦国期の貨幣と経済』(吉川弘文館、2007年)なる著作は実在しません。
②永原慶二『近世武家経済史の研究』(有精堂、1969年)なる著作は実在しません。
③『甲陽軍鑑』(天文・永禄期)家臣の禄高を石単位(俸禄)で記すが、下級者には「扶持若干石」と明記とあるが、そのような記述は存在しない。『甲陽軍鑑』には貫高で禄高を記すのが原則。いったい何巻に記述されているのかさっぱりわからない。見つからない。
④藤木久志『戦国社会史論』(東京大学出版会、1975年)に「扶持を「俸禄の現物化初期形態」とし、土地喪失時の代替として用いられたと指摘。総俸禄の10-20%が扶持形式だったと推定される」との記述は存在しない。この課題に最も近い「大名領国の経済構造」「知行制の形成と守護職」にもこうした論述は見当たらない。念のため、この著書は1974年刊行である。いったい1975年刊とはどういうことか。曼珠沙華におたずねしたい。
⑤佐藤信淵の研究(『戦国大名の軍事と経済』、吉川弘文館、1995年)とあるが、そのような著作は存在しない。そもそも佐藤信淵は江戸時代後期の学者なのだが、なぜ1995年に著書が刊行されているのかさっぱり理解できない。ちなみに同姓同名の戦国期の研究者がいるとは聞き及んでいない。
⑥平井上総の『戦国期領主層の研究』(高山寺書店、1980年)だが、このような著作は存在しない。そもそも私の知る平井上総氏は1980年生まれのはず。生まれたばかりの新生児がこのような著書を書いたとはノーベル賞どころの話じゃないね。曼珠沙華さん、この問題にどう回答するの?
⑦五味文彦(1947年生まれ、東京大学教授・名誉教授)は、戦国期の民衆史・武士社会を専門とし、『もう一つの戦国史』(岩波新書、2000年)や『戦国合戦の社会学』(中公新書、2015年)とあるけど、ぜんぶ実在しませんよ。このような著作があれば、私が知らないわけない。念のため、五味先生は1946年生まれですけど、別人なのですね?曼珠沙華さん、返答してくださいね。
⑧「現代の日本史学における定説と受容状況」に記述されているデータは、すべて根拠がないか、実在しませんよ。曼珠沙華さん、あるというのなら、しっかりとその出典を明記して提示してください。
以上です。曼珠沙華さん、あなたはこんないい加減なものを鵜呑みにして、私をこきおろそうとしていたわけです。AIを丸投げして、私が間違っていると言った以上、この記述を信頼できると考えた根拠をすべて掲げ、私に提示してください。私はすべて提示しましたよ。あなたは自信満々で、誠実な人間なのでしょ?さぁ、私にしっかりと回答してもらいましょう。逃げるなよ。
平山優先生に強烈に罵倒されておりますが「Grokまた嘘ついたんか」で終わる話。私ではなくGrokを修正すれば良いのでは? https://t.co/cVBOvBQHhW pic.twitter.com/goEzaWBZuZ
— 違うんです (@8RSpto0nAlG7ziy) 2025年10月20日
平山優先生に強烈に罵倒されておりますが「Grokまた嘘ついたんか」で終わる話。私ではなくGrokを修正すれば良いのでは?
このやりとりを見て、8月に放送された『NHKスペシャル』で子供の教育を生成AIにまかせる両親が登場したことを思い出した。やはりあの教育は児童虐待ではないだろうか。
イーロン・マスク “アメリカ改革”の深層 | NHK
NHKスペシャル「イーロン・マスク」、強烈だった。。特にテック右派でプロナタリズム(出生奨励手記)の若い夫婦の目がガンギマリで、卵子選別で産んだ子供たちを学校に行かせずAIに教育させている様子が、もうAIが全て救ってくれると信じているAI教信者のようで、すごいものを見た。
— 真実一郎 (@shinjitsuichiro) 2025年8月10日
NHKスペシャル「イーロン・マスク」、強烈だった。。特にテック右派でプロナタリズム(出生奨励手記)の若い夫婦の目がガンギマリで、卵子選別で産んだ子供たちを学校に行かせずAIに教育させている様子が、もうAIが全て救ってくれると信じているAI教信者のようで、すごいものを見た。
そもそも現在の生成AIは特に中立的な存在ではなく、たびたび批判されては修正や反発でアップデートされている。公教育とくらべて転換する経緯や方針そのものの内容もブラックボックスだ。
どうしてそのような生成AIに人生をゆだねられる。イーロン・マスク氏は責任をとってくれるような人物だと思うのか。
ちなみに、ここ最近は生成AIで色々と試しているので、生成AIそのものは批判したくない気分はある*2。
たとえば、ずっと昔に見た映画をタイトルもわからない一場面の記憶だけで探しつづけて、それらしい作品を視聴しては該当場面が存在せず落胆していたのだが、生成AIにくりかえし質問した*3ことでようやく可能性の高い作品につきあたり、後は視聴して確認する段階にたどりつくことができた。少なくとも実在するとはっきりしている作品をしぼりこむには使えるようだし、特に情報の多い英語圏の資料をさがしてもらう補助には向いている感触がある。
しかし、少なくとも現状では、欲しい資料や作品やサイトをリストで提出させることには向いていない。ふたつ以上の条件でリストを作るよう質問してみればわかるが、平気で実在しない作品を提示してくるし、実在する作品でもその条件に実際には当てはまらないものをリストに入れてきたりする。英語圏で調べるのが得意そうなので英語で作品のリストを出させてみて、一見して良さそうなリストが出てきたかと思いきや、その作品群のリストがあるWikipedia項目をほとんどそのまま引っぱってきていたこともあった。実在しない作品を堂々と提示はしないだけ、まだ一般的な検索エンジンのほうが資料が実在する信頼性はある。
また、生成AIに指示をして作品をつくることができるとも聞いて、試しにアイデアやプロットを提示させたりして遊んでもいるのだが、物語の構成を理屈で考えることは根本的にできないようだ。そのため生成AIが論理的な思考ではなく確率的に文章をならべている要素が強いと実感できた*4。
特に、謎解きミステリやどんでん返しのプロットを提示させてみると明らかで、どんでん返しでもなんでもない展開をどんでん返しとして提示してくる。よくある一人二役のようなトリックを応用したり組みこむことすらない。そのためちょっとひねった展開を要求するには、ほとんど人間側が指示しなければならない。当然のように長編作品として完成したプロットも提示できない。
それっぽい雰囲気の文章を作ることはできるので、パブリックドメインとなった古典作品のプロットを読ませて、文章をライトタッチに変えたり、登場人物をマイノリティに変えるような翻案はけっこううまくいっている。『フランケンシュタイン』のフランケンシュタイン博士と生みだした怪物を両方とも女性にして愛憎百合SFホラーに改変したり、『モロー博士の島』で獣人を擬人化少女のような描写に改変するような、二次創作としてはよくありそうものを試してみたところ、期待したよりは良いライトノベルになると同時に原典のプロットの完成度を確認できた。
