法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『劇場版はいからさんが通る 前編〜紅緒、花の17歳〜』

時は大正。軍人の父に育てられた花村紅緒は剣の腕をきたえて、嫁入り修行で入れられた女学校でも奔放にふるまっていた。
しかし祖父の代の約束事で、突然やってきた少尉が許嫁だと知らされる。その少尉、伊集院忍に花村紅緒は反発するが……


原作は大和和紀の少女漫画。それを1978年にTVアニメ化した日本アニメーションが、2017年に完全新作で劇場アニメ化。大正デモクラシーを背景に、コメディチックなラブロマンスを展開する。

後編は10月19日から公開予定。監督は前編から交代するかたちで加瀬充子と発表されていたが、これが初監督作となる城所聖明へと変更となった。
劇場版アニメーション『はいからさんが通る』公式サイト
前編の古橋一浩監督*1は脚本も兼任。大長編漫画をかなり圧縮して、幼かった主人公が女学生として成長して、時代の圧力に立ちむかい、職業婦人として活躍するまでを、約100分におさめている。
原作の古びたパロディギャグはばっさり削除し、ストーリー進行を優先。しかし時間を飛ばす場面ではコメディチックな演出で進めて、そこで原作そっくりのデフォルメ顔を多用し、ファンサービスをかねて息抜き。キービジュアル公開時に、キャラクターデザインに対して原作ファンが賛否両論だったようだが*2、このデフォルメ描写も同時に公開しておけば緩和されただろう。
さらにシリアスが最高潮に達した結末から、エンディングで原作らしいギャグが挿入される。本筋ではオーソドックスなイベントがくりかえされるが、硬軟のメリハリが強いおかげで単調にならない。


時間経過の圧縮表現では、タイムラプスやジャンプショットなど、さまざまな演出技法も使っている。これはやはり古橋監督の手腕だろう。日本アニメーションは1990年代から制作力が落ちつづけているが、古橋監督は1999年版『HUNTER×HUNTER』でも人脈と演出力でのりきっていたものだ。
ただし、他に古橋監督らしい演出は、剣戟などのアクションの1カットが長いことや、回り込みの多用くらい。レイアウトは全体としてシンプルでわかりやすく、あまり奇をてらった演出や目を引く作画はない。
とはいえ展開の早い物語の情報量を観客に理解させたい時、映像まで情報密度を高めるばかりが演出ではない。これはこれでひとつの解答だろう。


さて物語だが、抽出されたシリアスなドラマだけを見ても、ハーレクインロマンス的といえばそれまでではある。
ドイツ人の血を引く金髪の陸軍軍人から、家を継ぐため女形の修行をつづけてメイド女装も似あう美少年、ナルシストに見えて女嫌いの無頼なジャーナリスト、さらに乱暴だが気風のいい車夫の男まで、誰も彼もが奔放な主人公にほれこむ。圧縮した展開の早さが惚れる経緯も短縮してしまい、いわゆる“逆ハーレム”な印象を強めている。
しかし、少なくとも前編だけで見るなら、また違う魅力も生まれている。大正ロマンらしい自由を謳歌して、花村紅緒は旧弊な社会にあらがい、軍隊への嫌悪感をあらわにする。やがて伊集院忍がシベリア出兵で去っていき、大正デモクラシー帝国主義の豊かさで成り立っていたことを暗示する。しかし、だからといって主人公の反抗心を現実を見ない幼さとして否定したりはしない。
残された花村紅緒はジャーナリストとして自立し、さまざまな社会問題と、それに抵抗する人々を肌身で知っていく。主人公の奔放さを許させていた家格が、ここで背負うべき荷物となり、社会にあらがう助けにはならない。
そして花村紅緒と伊集院忍が別れたまま、この前編は終わる。これも『君の名は』*3のような古典的ラブロマンスといえばそれまでだが、ここで完結したと考えても物語は充分にまとまっている。
ひとりの少女が、違う立場の男達と出会い、見聞を広げながら芯を失わず大人になっても貫きとおす。きちんと陰影を描きこんだ時代背景に、さまざまな理不尽へ抵抗した女性の人格が立ちあがっていく。それが現代に通じる花村紅緒という主人公の物語になっている。

*1:代表作だろう監督作品『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-』『シュヴァリエ〜Le Chevalier D'Eon〜』『機動戦士ガンダムUC』は、どれも原作のあるアニメだが、時代の激動において傷つきながら新しい社会を望んだ若者が主人公という共通点がある。どこまで意識的に原作を選んでいるかは不明だが、今回の映画も同様であり、監督の作風と考えていいのかもしれない。

*2:劇場版「はいからさんが通る」のキービジュアル解禁!「可愛い」「コレジャナイ感」「このはいからさんは通らない」などざわつく - Togetter

*3:新海誠監督のアニメ映画『君の名は。』ではなく、戦時下を発端とする1950年代の作品群のこと。