法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『国際市場で逢いましょう』

朝鮮戦争のつづく1950年末、興南撤収作戦時の混乱で、少年ドクスは妹と父と生き別れになってしまった。
そこからドクスは母や他の弟妹と商店街の親戚をたより、発展する韓国とともに生きぬいていく。
その闇市から始まる商店街の名前こそ、「国際市場」といった……


過去をVFXで再現し、そこで生きた一家族によりそった、2014年の韓国映画。韓国の代表的な映画賞「大鐘賞」で10部門を総なめにした。

韓国の歴史の痛みを主軸にしつつも、現状を肯定するつくり。その政治性の漂白ぶりが、良くも悪くも印象的だった。


まず、実物大セットと3DCGを合成した情景のスケール感は、ハリウッド映画にもひけをとらない。さすがにクローズアップでは質感が甘いところもあるが、全体が統一されているので気にならない。
『国際市場で逢いましょう』予告編 - YouTube
海辺での大規模な撤収作戦と避難民の混乱、巨大な商店街で母を支える日々、ドイツの炭鉱での地獄のような出稼ぎ生活、ベトナム戦争での現地とのふれあいと戦火……それひとつで映画をつくれるような情景が、ボリュームたっぷりにつめこまれている。
おそらく日本で同等の表現ができる会社は白組ぐらいで、それでもひとつの映画にひとつの情景がせいいっぱいだろう。
『国際市場で逢いましょう』メイキング
情景の再現だけではなく、時間経過の演出などにもVFXが活用されている。特に興味深いのが、ひとりの俳優で20代から70代まで表現するため、特殊メイクだけでなくデジタル補正もおこなっているところ。担当したのは日本の株式会社フォートンで、肌の凹凸を消すだけでなく、頬のたるみなどの輪郭まで変えている。
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Age Reduction VFX “Ode To My Father” on Vimeo
さすがに『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』ほどではないものの、見ていて違和感のない素晴らしい技術力だった。


物語については、見ながら『フォレスト・ガンプ/一期一会』や『ALWAYS 三丁目の夕日』を連想していたら、公式サイトでも言及されていた。

アメリカの『フォレスト・ガンプ/一期一会』、日本の『ALWAYS 三丁目の夕日』、中国の『活きる』などのように、その国の現代史を全景化する韓国の画期的な名作が『国際市場で逢いましょう』なのだ。

そしてそれぞれの作品が批判されていたように*1、この『国際市場で逢いましょう』も時代の暗部が見事なまでに脱臭されている。
激動する社会を流されるままに生きていくだけの物語は、どうしても現状を肯定して終わりがちだ。実際は流されていたように見える人々でも、選択や抵抗をおこなえる瞬間はあるはずなのだが。


もちろん、ドクス視点での苦難は描かれている。時代に翻弄されて家族がひきさかれることが物語の主軸だ。自分の意思で出稼ぎにいった炭鉱についても、はっきり台詞で「地獄」と表現する。ベトナム戦争でも最終的に敗北する側の軍属であり、ひたすら戦闘から逃げまわる立場だ。
しかし苦難も歓喜も、良くも悪くも家族のドラマにとどまる。頑固なドクスの親友として、三枚目のダルグを配置して、状況を動かしていったのはうまいのだが、それゆえ社会の激動へ正面から向きあわずにすんだともいえる。
朝鮮戦争に始まり現代で終わりながら、民主化運動の激動はまったく画面に登場しない。それが韓国においてパククネ政権下らしい作品と批判されたわけだが*2、同時に愛国的な態度は滑稽に演出して、両義的な読解を可能としている。
主人公にとって最大の苦難となる興南撤収作戦も、北朝鮮や中国の兵士は画面に出てこず、災害のような描写になっている。避難民を見捨てるはずだった国連軍も、韓国軍人の嘆願を受けてすぐに軍艦を開放して、人道的な存在のように感じさせる。どこも明確な悪役にならないよう、慎重に描写している。
ベトナム戦争も、主人公の視点では出稼ぎと大差ない。韓国の海兵隊の活躍を描きつつも、原則として救うのは軍属の主人公たちだけで、ベトナムを守る正義としては描かない。南ベトナム人の脱出を助けるのは、女好きのダルグが主張した結果でしかない。参戦の正当性をまったく主張しないことで、逆に責任から逃げ切った。あきれるほどに巧妙だ。