法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

制作会社ピーエーワークスによる動画スタッフ契約解除の経緯説明にまつわる雑感

ピーエーワークスは地方に拠点をおくことで、それなりに安定した仕事*1と作品の両立を目指している会社であった。
しかし動画スタッフ*2のひとりがツイッターに支払明細を上げて、机代などが高額で生活が厳しい問題や、原画への昇格の難しさなどが問題視された。


そして動画スタッフのツイッターが閉じられ、しばらくしてピーエーワークスによる経緯説明が公式サイトで発表された。
http://www.pa-works.jp/news/index_20161104.html
しかし説明文そのものが漠然としすぎていて、外部にとって最大の「心配」であった仕事環境について何もわからない。

先ずスタッフとの契約を弊社より解除を申し入れた事実はこざいません。 またスタッフ個人のSNSアカウントを弊社より削除の依頼や指示をした事実もございません。 投稿したスタッフと面談した際に、SNSに投稿した件について、関係者に迷惑をかけたことに対し謝罪の念を伝えられました。 弊社といたしましても、多大な混乱を招いたことを関係者始め皆様に深くお詫び申し上げます。

この説明は面談で合意した見解というが、きちんと信頼できる第三者をたちあわせたりしていたか、この説明では心もとない。
最後の願いも、せめて制作会社ではなくスタッフの発言として出さないと、意に反して口をふさいだように受け取られるだろう。

なおスタッフに関連した写真やその他スタッフ個人に関する情報が、本人の意図しない状態で広まっているように見受けられます。 スタッフは一個人ですので、その名誉及びプライバシー保護のため、何卒ご配慮とご協力くださいますようお願い申し上げます。

ここはしっかりプライバシーに配慮できるメディアが、信頼をおけるかたちで取材してほしいところだ。


さて、動画単価が1枚200円という対価だが、これは公式サイトの会社説明*3と大きなずれはない。

嘱託。出来高制です。動画単価は作品によって違います。P.A.WORKSが外注として受けた動画は、基本的にそのままの単価で支払われます。テレビシリーズの動画単価は1枚220円〜240円くらいでしょう。

アニメファンの立場で仄聞するかぎり平均以上の対価ではある。たとえば日本アニメーター演出協会JAniCAによる実態調査では、少し昔の値段として1枚120円、現在も15年前と変わらず1枚160円以上というふたつの証言がある。
http://www.janica.jp/survey/survey2015Report.pdf

動画の頃はとても生活出来ないし(1枚\120で、月に1000枚描いても\120,000。なかなか1000枚描ける人もないし、という頃で・・・。今はよくなって来てると思うが・・・)。

動画は1枚¥160〜15年前と変わらないではないか?!

一方、ふくだのりゆき監督*4によると、現在でも倍以上の500円をはらっている事例はある。しかし平均ではないし、ようやく仕事として成立する水準と監督も考えている。

つまり動画単価については、一会社ではなく業界全体の根深い問題であって、たまたま告発者が仕事をしていたのがピーエーワークスだった、と理解すべきだろう。
ただ、先述の実態調査にも書かれているように、求められている労力がはねあがっているのに対価が上がらない問題として考えると……TVアニメで劇場レベルの映像をくりだすピーエーワークスが平均的な対価しか出せないことは、現状を象徴している、とは感じる。
作画の良い作品は好きだが、たとえば『モブサイコ100』のようにデザインレベルで線が少ない作品が増えていいし、『文豪ストレイドッグス』のようにロングショットで人物をシルエットに簡略化してもいい。


また、動画スタッフから原画スタッフへの昇格の難しさも、もともと公式サイトの会社説明で明言はされていた。

(1) 月に500枚の動画を3ヶ月連続で描く。(2)研修期間も含めて1年間は動画をやる。その期間に1カットでも多くの原画を見て、動画に配慮した原画がどんなものか分かるようになる。(3)月に1つ出される原画課題を提出する。(1)、(2)、(3)を総合した結果で作画チーフが判断します。

ただ、先述の実態調査にも書かれているように、現在の業界では動画作業による生活こそ困難でも、原画スタッフになれば生活できるくらいの収入にはなるらしい*5。実態調査の発表時に藤津亮太氏やヤマサキオサム監督が論評していた。
若手アニメ制作者が年収110万円という調査報告は、過重労働や搾取が業界全体にみられることとは、また別個の問題らしい - 法華狼の日記
昇格の機会の少なさや厳しさは、映像の完成度をたもつための措置でもあろうが、スタッフ側としてはつらいだろう。実際にそう指摘するアニメーターを見かけた*6


念のため、やりがいの少ない単純作業であり、かつ必要な作業工程である以上は、そもそも動画段階で仕事になるだけの対価をえられるのが当然の理想だろう。動画も本来は専門的な役職であり、原画への研修として使い捨ててすませられる仕事ではない。
さすがに業界全てが手をこまねいているわけではない。たとえば『君の名は。』を制作したコスミックウェーブでは、元スタジオジブリの動画スタッフを4人雇っており、学ばせた他の動画スタッフにも充分な環境を用意しようとしているという。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2016100302000114.html
たしかに動画工程にあたる部分に隙のない素晴らしい作品ではあったし、それが業界の健全化につながることを願いたい。

*1:寮や食事を用意しているという意味では、徒弟制度に近い感じもある。

*2:アニメでいう動画は、映像という意味ではない。原画の線を彩色できる状態に清書し、滑らかに動かすための中間の絵を足す作業、および作業者を指す用語。創造性を発揮しづらい作業なので地位が低く、原画になるための研修段階とみなされることも多い。

*3:後述もふくめ、引用時、改行を排した。丸数字は括弧入り半角数字に直した。http://www.pa-works.jp/q-a/index2.html

*4:JAniCAの発起人だが、現在は退会している。この件については、労力を情報量の多寡として考え、スキャンデータ容量で対価に反映させるというアイデアが興味深い。ふくだのりゆき@扁桃腺を取りました! on Twitter: "私の主張する動画単価600円で平均月産枚数は400枚と聞きます。 これなら新人で始めたてでも月200枚ぐらい描け(勿論軽めの内容を振る)最低ラインの収入を確保できると思います。 加えて過度に線やカゲHIの多い作品はスキャンデータを元に割合を決め、増額ということが望ましいでしょう。"

*5:ただし充分ともいえず、社会保障にまわせるほどの余裕は必ずしもなく、フリーランスとして安定した収入とまではいかないようだ。

*6:一方、昇格できなくても寮にいさせてもらっているだけで会社が優しいと評するアニメーターも見かけた。