法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『バルトの楽園』

第一次世界大戦で日本は日英同盟を理由にして参戦、中国青島のドイツ軍を撃破。数千人の捕虜をとった。
日本各地に収容された捕虜は、板東俘虜収容所では特別に人道的にあつかわれ、現地人と交流していた。


2006年の東映映画。シナノ企画、つまり創価学会が主導した作品ということでも有名。広大なオープンセットは撮影後に一般解放されたが、2015年5月に閉園となった*1

映画全体として、視点に乱れはあるし、演出も全体として古臭い。たとえば、捕虜が故郷にあてた手紙をカタコトの日本語で読むモノローグと、時代背景や収容所について説明するナレーションは、どちらか一方に統一すべきだろう。冒頭の塹壕戦はカット割りも構図も平凡だし、脱走した捕虜を見つける場面などでズームアップを多用しているのも感心しない。
それでも、歴史を題材とした映画として、意外としっかりつくられていた。


まず、当時の日本が捕虜を人道的にあつかったというだけの単純な美談にしていないのが良かった。板東俘虜収容所に移る前に、別の収容所での過酷な日々が描かれている。そこでの所長*2は捕虜を受けいれる前に、自害しなかったドイツ兵を卑怯者と非難して、収容所の運営で抗議されただけでビンタをくりかえすような小人物だ。
板東俘虜収容所が人道的だったのは、松江豊寿中佐という所長個人の意向とされている。それすら当初は松江中佐の性格が善良なだけのように描かれて、それはそれで嘘くさく感じたものだ。しかし、やがて松江中佐の出自と動機が深くむすびついていることが明らかにされる。松江中佐は会津藩士の家系であり、幼少時に北国に追いやられ、苦難の道を歩んでいた。維新で現政府に対立したために会津人が差別されている現状も明言する。
つまり、ともに日本政府に負けた者として、それでも生きのびたことに意味があったという信念をもって、会津人がドイツ捕虜に共感したという構図なのだ。


なおかつ会津人がすべて捕虜に同情したわけではない。会津の立場を向上させようと、むしろ軍人として厳格になろうとする部下も登場する。逆に坂東の現地人は、会津人という背景などなくても偏見をもたずに捕虜を助けたり、師事したりしていく。もちろん、息子を戦争でなくしたため捕虜を嫌悪する現地人も登場する。
少しずつ捕虜は収容所の生活になれていき*3、現地との交流も深めていくが、やがてドイツが敗戦。意気消沈してしまう捕虜たち。将官などは今度こそ自害をこころみる。そこを会津人として敗北の辛酸をなめた松江中佐がはげましていき、やがて解放の日へと近づいていく。
日本人もドイツ人も一枚岩ではなく、それぞれの背景をもった異なる人間としてえがいていた。そのうえで、相互に理解できるかもしれない理想をえがききった。


ちなみに「音楽映画」と思って観ると、それほど重視されていない。
たしかに日本にベートーベン第九「歓喜の歌」を定着させたというエピソードがクライマックスを飾っている。初めて収容所に移された時も音楽が出むかえて、現地の若者たちに音楽を教えるエピソードもある。
だが、現地との交流の一幕にすぎず、パンやケーキをふるまう場面や、折り鶴を教えあう場面と比重が変わらない。かぎられた人材と楽器で第九を演奏する困難があったはずなのに、その解決策は簡単に見つかっていく。
あくまで収容所の群像劇を最後にまとめるために、演奏を聞きながら人々が思いをはせるという演出になっている。ただ、断片的にえがかれていた日独の交流が、その演奏会に集約されただけの力強さは感じた。


創価学会の意向もさほど感じない。会津人と創価学会をなぞらえているという深読みは可能かもしれないが、劇中には日蓮宗すら出てこない。それどころか徳島が舞台であるため真言宗の遍路が登場して、さまざまな人々を受けいれる地元の気風が語られる。他の宗教的な描写といえば、ドイツの母親が教会で祈る場面があるくらい。
ついでに注文をつけると、日本の戦勝を坂東の現地人があまり喜ばなかったという史実を引くなら、第一次世界大戦での参戦は他国の土地を奪いあっただけという視点もほしかった。その後に日独が弱者を排外するという誤った協力をしていった問題も、たとえば会津人をユダヤ系ドイツ人となぞらえるような描写で言及してほしかった。とはいえ、ひとつの物語のコンセプトをつらぬきつつ、ちゃんと当時の複雑性もとらえていた。
あらためて、古臭さはあるものの、意外といい映画ではあったと思う。

*1:バルトの庭、閉園を惜しむ 最終日、県内外から観光客100人|徳島ニュース|徳島新聞

*2:板東英二が演じているのは、ひょっとしてダジャレなのか。

*3:念のため、現実には映画でえがかれたほど順調ではなく、さまざまな不満が出ていたそうではある。