法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

TVアニメ『食戟のソーマ 弐ノ皿』で太平洋戦争のゴボウ都市伝説が削られていた

ゴボウ都市伝説とは、日本軍が捕虜にゴボウを食べさせたところ、食文化の違いから虐待と受け止められ、戦犯裁判で有罪になったという逸話のこと。『はだしのゲン』などにも出てくる。
しかしApeman氏が10年ほど前から都市伝説として情報を集めて、少なくともゴボウひとつを根拠として判決がくだされたわけではないこと、細部が不明確なまま流布されていることを明らかにした。
「ごぼうを捕虜に食べさせて有罪になったB級戦犯」は都市伝説? - Apeman’s diary

元捕虜たちがごぼうを木の根と誤解し、虐待の一例として訴えたという事実それ自体は確かにあったようである。だが、判決でもそれが虐待として認定されたのかどうかは不明であるし、なによりごぼうの一件は数ある訴因の一つに過ぎない。絞首刑になった収容所の職員(収容所長は死刑にはならなかった)は捕虜を殴打したこと、体力の限界を超える労働を強制したこと、劣悪な衛生環境を放置したこと(トイレを歩いた後の靴を舐めさせた、といった虐待も含まれる)などで訴えられている。被告たちも殴打などの事実は否定しておらず、300人のオーストラリア人捕虜のうち、60人ほどが死亡したとされていることを考えれば、ごぼうの一件が万一判決にも採用されていたとしても、数ある虐待の一つとしてとりあげられたにすぎないことがわかる。

「捕虜とゴボウ」続報 - Apeman’s diary

問題の記事は1996年11月10日に掲載されたとのこと。というわけで久しぶりに朝日新聞のデータベースサービスを活用。検索する際には「地球・食材の旅」をキーワードにするのがよいようだ。記事はフィリピンでゴボウが栽培されているのはなぜか? という疑問から出発している。

国会議事録では「五年の刑」とされていたが、ここでは「無期懲役の判決を受けたものの、間もなく釈放され」となっているのが目につく。


そして2012年から少年ジャンプで連載されている料理漫画『食戟のソーマ』において、フランス料理に日本の食材をとりこむ試みとしてゴボウがつかわれ、そこでゴボウ都市伝説にも言及があった。
しかし漫画内でも、ヨーロッパにおける忘れられた食材「レギューム・ウーブリエ」*1のひとつがゴボウだという情報が出てくる。一般には忘れられた食材であっても、きちんと弁護活動もなされた戦犯裁判において検討すらされないということは考えにくい。
もちろん都市伝説として日本社会で流布しているのは事実で、普通の漫画なら目をつぶることもできる。『食戟のソーマ』でも、知識が偏っていると描写されつづけた主人公のひとりごととして描写されただけなら違和感は少なかった。
しかし、この漫画でゴボウを使ったキャラクターは、頂点をきわめようとするマンモス料理学校で技術と知識をたくわえ、日本人ながらフランス現地の料理界で成功した超一流シェフだ。雇っているスタッフの人種も多様であり、そのような環境でゴボウの都市伝説が語られたなら、なんらかの異議がとなえられるのが自然なように感じられた。
劇中で頭の悪いとされているキャラクターが頭の悪いことをいうことは、一般的に演出として正しい。しかし頭が良くて最新の情報をとりいれつづけているキャラクターが古臭い都市伝説を真に受けていると、違和感を生んでしまう。


ささいな描写ではあるが、ちょうどTVアニメ2期のクライマックスになりそうなエピソードなので気になっていた。それで問題の描写が削られていて、ほっと一安心したといったところ。
食戟のソーマ 弐ノ皿 | バンダイチャンネル|初回おためし無料のアニメ配信サービス
該当するのは第12話と第13話で、ゴボウを使った新しい料理は出てくるが、ヨーロッパで知られていないという説明は「レギューム・ウーブリエ」のみ。日本にルーツをもつシェフがフランス料理の歴史を掘りおこす、文化のマリアージュと温故知新を描いた物語として美しく再構成されていた。


念のため、第2期は他にも原作から削除された場面が少なくない。
TVアニメ1期からつづく大会「秋の選抜」の決着と、実地研修「スタジエール」の終了までを1クール13話におさめるため、細かく内容を削りこんでいた。
TVアニメ『食戟のソーマ 餐ノ皿』公式サイト
とはいえ、ふくらました描写もところどころあるし、削ったことの意味を見いだすのも自由だろう。制作者の意図をことさら見いだすこともないが、とりあえずは良かったと感じている。

*1:2007年ごろのフランス料理で流行した考えらしい。