ファンタジーTRPG「レッドドラゴン」を中心にしたメディアミックス企画「ケイオスドラゴン」のTVアニメ。第2話まで視聴した。
http://chaosdragon.red/
シリーズ構成の小太刀右京はTRPG関係者らしいが、最近ではアニメノベライズでよく見る。アニメ脚本家としてはTVSP長編『熱風海陸ブシロード』の原案が初仕事だったはず。そして會川昇がシリーズ構成補についている。
きちんと敵を毎回クライマックスで倒すパターンに落としこもうとしているが、それには主人公の能力がTVアニメと相性が悪すぎる。
少年「忌ブキ」は、親しい者を自身の責任で死なせることを対価に、「赤の竜」の力を敵を倒すため使えるようになる。この設定そのものは、ファンタジーとして面白いものだとは感じた。個人的な西部劇的な創作で、似たようなネタを書こうとしたこともある*1。
しかし親しい者が死に、その別れを少年が悔やみ悲しむという展開を、戦闘のたびにおこなっては流れが止まってしまう。しかも逃げることもできず親しい者を対価にするほど切迫しているはずなのに、いちいち悲しんでいるから緊張感がそがれてしまうし、敵が戦いの手を止める不自然さがあからさま。
クライマックスで死者をかかえて動きを止めてしまうから、全体の印象として戦闘でアニメーションしていないようにも感じてしまう。けっこうクライマックスごとのアクション作画演出は悪くないのだが。
主人公が仲間とのドラマを演じている時に戦闘が止まりがちな問題だけなら、特撮ドラマやTVアニメで珍しくない。しかし主人公設定によって浮きぼりにされると目をつぶりにくい。
せめて、主人公が悲しむ時間だけでも第三者が敵を押しとどめるようなエクスキューズを映像として描くか、親しい者との別れは主人公の能力によって一瞬のうちにすまされると設定するかしてほしい。
そもそも関係サイトを見ると「忌ブキ」という少年はプレイヤーのひとりでしかないので、アニメでは違うキャラクターを主人公にするべきだったかもしれない。
しかし「忌ブキ」の設定も、卓上でサイコロをふりながらプレイヤーの会話でストーリーを切りひらいていくTRPGなら、おそらく効果的なのだろう。クライマックスで必然的に会話劇をしこめるし、ドラマを進める時にアクションが止まることは会話で進行するTRPGの特性なので欠点にならない。
TRPGは、プレイヤーの選択つまりアクションによる結果から、ストーリーをつむいでいって楽しませる。アニメは、ストーリーで動機をつくりだし、キャラクターの行動すなわちアクションを映像にして楽しませる。娯楽としてストーリーとアクションの関係が逆なのだ。
あくまで想像だが、小説を書けるTRPG関係者だからと構成をまかせたのが良くなかった。構成補の脚本家はベテランだが、クライマックスにおいて会話を重視する傾向があり、映像が良くても印象が薄くなる弱くなる作風だ*2。