法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』を見るつもりはないが、ワンカット撮影された映画なら過去にも複数あったはずでは?

もちろん作品を見ないのは嗜好による個人的な判断にすぎないし、撮影手法に先例があるという指摘をそのまま低評価の理由にしたいわけではない。


問題は作品そのものではなく、映画専門のニュースサイト「映画.com」に掲載された、困惑せざるをえない記事にある。
【「バードマン」映画ファンの疑問(1)】奇跡の全編ワンカット撮影はどう実現したのか? : 映画ニュース - 映画.com

本作を見た映画ファンなら例外なしに驚くポイントは、この映画が、冒頭と最終盤の数カットを除いて、全編のほとんどが超絶長回しのワンカットで撮影されていることだろう。およそ2時間に渡り、カットなしのワンカメ映像が延々続くのだ。これは奇跡と言っていい。いや、魔術と言った方が正しいか。

正直、100年を超える映画の歴史の中でも、こんなにも長いワンカットは他に見たことも聞いたこともない。

実際のワンカットは数分間、ものによっては10分以上のカットもあるだろう。これらの長いカットを編集で切れ目のないよう巧みにつなぎ、全編がワンカットの(ような)映画が出来上がったのだ。

と、言葉で表現するといかにも簡単なように感じるかもしれないが、これは想像を絶する冒険だ。過去に誰も挑戦していないし、そもそも、そんな発想すら普通は思いつかないだろう。

このライターは、アルフレッド・ヒッチコック監督の初カラー映画『ロープ』を知らないのだろうか。

映画 ロープ - allcinema

シカゴで実際に起きたローブ&レオポルト事件を題材に、ヒッチコックが映画内の時間進行と現実の時間進行を同じに進めながら描いた実験的作品。

当時のフィルムの制約のため、同じように編集でワンカットに見せている。パブリックドメインなので、現在は格安で視聴できる。


2002年にはロシアで『エルミタージュ幻想』というワンカット映画が撮られたらしい。

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2007年のイタリアでも『ホテル・ワルツ』というワンカット映画が撮られた。日本未公開だが、GYAO!で何度も無料配信されている。

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アニメでも、ワンカット映画が存在する。実写と違って1コマずつ静止画を撮影するため、1回も失敗せずに長時間の撮影をする困難こそないが、やはり成立させるためには相当の苦労を必要とする。
そのため多くは実験的な短編だが、比較的に長いものとしてオムニバス映画『MEMORIES』の第3話「大砲の街」があった。

最初はワンカットにするつもりがないまま大友克洋監督がコンテを描いたが、わずか3カットのエピソードになってしまうことがわかり、あえてワンカットに決めたらしい。
アニメでワンカット作品を成立させるため、オプチカル合成を多用。現在は『この世界の片隅に』を制作中の片渕須直監督がこの演出と画面設計を担当し、絵コンテにないカメラワークも加えていたという。
WEBアニメスタイル | β運動の岸辺で[片渕須直]第60回 大砲の本、城の本


検索してみると、他にも複数のワンカット映画があるらしい。
今更だが「あまちゃん」のあれは「長回し」ではないのではないか? - YAMDAS現更新履歴

なお、作品全体が「長回し」の映画というと、(当時のフィルムの限界で10分ごとに切れるが)前述の『ロープ』、アレクサンドル・ソクーロフの『エルミタージュ幻想』、マイク・フィッギスの『タイムコード』は知っていたが、柳下毅一郎さんに松江哲明『ライブテープ』とソン・イルゴン『マジシャンズ』もそうなのを教えてもらった。

もちろん先例があるからといって、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』が無価値になるわけはないだろう。撮影が難しいことに変わりはないし、それが作品の面白さにつながるのならいうことはない。
むしろ先例と比較しながら何が新しいかを語ってこそ、映画批評というものではないか。