法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

「豪州の慰安婦像はこうやって阻止した」なんて高評価して大丈夫?

初期の在特会がインターネットで高評価で、批判されるにつれて切断処理されていったことを思い出す。


池上彰インタビュー記事*1で注目されたオピニオンサイト「iRONNA」に、「Japan Community Network」*2の山岡鉄秀代表がレポートを寄せていた。
豪州の慰安婦像はこうやって阻止した
オーストラリアのストラスフィールド市で建立されようとした慰安婦像を、公聴会で議論して「阻止」したという内容だ。この公聴会での活動を継続するために、JCNをたちあげたという。
もとは『月刊正論』に掲載されたレポートで、産経サイトでも1月7日に前半が公開されていた*3。今回は全文が公開されているためか、はてなブックマーク等で注目を集めている。
はてなブックマーク - 豪州の慰安婦像はこうやって阻止した
id:popoi氏のように後述の決議を指摘するコメントもある。しかし文脈をおさえていないためか、JCNを過大評価するコメントが目につく。ふたつほど指摘しよう。

id:YoshiCiv はてサが反論しないのが興味深い。やっぱり国内でしか通用しない論理だったんだな。

そもそも後述するように歴史認識で反論する意義のないレポートだ。それに在米日本人の反対を受けつつ米国で慰安婦像が建立されていることを知らないのだろうか。

id:komamix どう防いだっていう戦略的な話じゃなく慰安婦像を作るなんて多文化主義の分断にしかならないって主張が完全に正しいってのが大事なとこなんじゃないの/テキサス親父的なノリとは違う

やはり後述するが、訴訟がSLAPPと認定された在米日本人団体GAHT*4と、JCNの主張と手法に大きなへだたりはない。ちなみにJCN公式ブログには*5、テキサス親父サイトへのリンクがある。


それでは「iRONNA」に転載されたレポートの疑問点を指摘していこう。

日本人は反論しない、歴史問題で責めれば黙って下を向く――。韓国人や中国人はそう思い込んでいる。だから日本人が冷静に、論理的に反論してきたら、それは驚天動地の事態なのだ。

この冒頭からして、従軍慰安婦問題で日本政府や政治家が国内外の批判に反論しつづけたことを無視している。
日本軍を擁護しようとする過去の主張が、冷静でも論理的でもなかったと認めるのだろうか。それとも、日本軍に問題がなかったことを自明視して、国内外から批判されたのは反論しなかったからだと思い違いしているのだろうか。

 3月31日。仕事中、パソコンに「なでしこアクション」からの拡散メールが届いた。

「なでしこアクション」は、慰安婦問題で日本を貶める勢力と戦う日本の女性たちのグループだった。

この時点で読み進める気力がそがれる。公聴会の開催を知らせた「なでしこアクション」は、やはりJCN公式ブログにリンクされているが、元在特会事務局長がたちあげた団体だ。

 私は持論を述べた。「相手はいつも通り歴史問題で日本を糾弾してくるだろう。しかし、相手の土俵に乗って反論すべきではない。事実関係がどうであれ、そんな問題をローカルコミュニティに持ち込んだらダメだという原則論を一貫して主張すべきだ。君のような地元のオーストラリア人が発言してくれたら説得力があるんだが」

このような公聴会の方針を決めた時点で、JCNを歴史認識の観点から優先的に批判する意味はなくなった。歴史認識で争わないのは、GAHTの方針とも全く同じだ*6
もうひとつ興味深いのが、山岡代表自身は「地元のオーストラリア人」ではないらしいこと。山岡代表のインタビューが2014年11月の産経にのっていたが、そこで国籍についての情報がくわしく描かれていた。
【歴史戦・番外編】豪州に飛び火した慰安婦像設置運動は「反安倍・反日および日豪分断に過ぎない」 JCN代表、山岡鉄秀さんに聞く(1/9ページ) - 産経ニュース

日本人の多くはオーストラリア国籍を持っているわけではないですよね

 「日本人は日本のパスポートを持っているので投票権はない、政治力もない。だからオーストラリア国籍(投票権)を持っている中韓系よりも圧倒的に弱いんです。ストラスフィールドの日本人は子供まで入れて70人程度。中韓は1万2000人ほどです。圧倒的に不利な状況でどうやって闘うかが私たちの戦略です。投票権がなくても、コミュニティーの融和を大切にする私たちの主張を、地元の人たちは理解してくれます」

国籍を持たない立場から、国籍を持っている立場の活動を、コミュニティー融和の観点から批判しようとする。ここでもJCNは在米日本人団体のGAHTと似たような立場だったのだ*7
むろん国籍を持たなくても地域社会の一員として政治的な意見を出すことに問題はない。気にかかるのは「なでしこアクション」と協力関係にあることとの整合性だ。


次にレポートの公聴会にまつわる記述だが、慰安婦像を建立させようとする側について、具体的に考えることが難しい。
たとえば一人目と二人目の主張を、山岡代表は「アクセントが強すぎて何を言っているのかわからない」「彼のスピーチもまた聞き取りにくい」と評して、はっきり内容を紹介してくれない。さすがに両方が時間を超過したという情報は事実だろうが。
そして建立させようとする側の三人目について、山岡代表は在豪日本人として従軍慰安婦問題にふれるには、重要な知識に欠けていることがわかった。

 中韓の3番手は、特別ゲストである。インドネシアで発生したスマラン事件の被害者であり、本も出版しているオヘルネ氏が豪州人と結婚してアデレードに住んでいるとは知らなかった。その娘が代理でスピーチするのだ。英語がネイティブなので、やっと理解できてほっとした。《日本人はあんなにひどいことをして、なぜ謝らないのか、豪州政府もラッド首相(労働党政権当時)がアボリジニーに“Sorry”と謝罪したではないか》という論調。なぜ日本政府が謝罪していないという前提に立つのだろう、よく理解できない。

「日本政府が謝罪していないという前提」については、過去の謝罪が充分ではなかったという意味かもしれないし、現在の二次加害についての謝罪を求めているのかもしれない。
しかし公聴会に関係者が出てくるとは予想できなくても、日本軍による直接的な強制連行の証言者*8がオーストラリアにいることくらいは、さすがに知っているだろうと思っていた。もともとオーストラリアは従軍慰安婦問題との関係が米国より深いのだ。
しかも山岡代表はオーストラリアに元慰安婦がいると知ったばかりなのに、慰安婦像に豪州人を加えることを「むりやり」と評する。よく理解できない。

相手の最終話者。先ほど外で見かけた、お地蔵さんが3つ並んだ絵を描いた画用紙を掲げている。「私達は日系住民を責めているのではありません。これは韓国人、中国人、豪州人の慰安婦三姉妹です。この銅像を駅前に建てれば、観光名所となることでしょう」と訴える。お地蔵さんかと思ったら、慰安婦三姉妹だったとは。むりやりオーストラリア人を入れれば反発をかわせると判断したのか。


対するJCN側の主張だが、いじめが起きたという主張をとりやめたGAHTと違って、友人が差別されたという証言は出てきたらしい。

日本側の1番手は大学生。日本でいう所の芸大生だ。爽やかな青年である。この慰安婦像問題が勃発してから、彼の友人が学校で中韓系の同級生や講師から差別されるようになったという。こんなことでは、大好きな豪州が誇る多文化主義が崩壊してしまうのではないか、と懸念を表明した。

ただ、やはり差別があったならばそれそのものを問題視するべきであって、慰安婦像建立をやめさせる意味がわからないという同じ反論はできてしまう。

2番手は私と電話で話した豪州人。「このような銅像は、国の反差別法に抵触し、そもそも市のモニュメントポリシーに明確に違反している」ことを指摘した。市のモニュメントポリシーには「いかなるモニュメントも市に直接関連したものでなくてはならない」と明記してあるのだ。

そのような基準があるならば、先に同じ州にホロコースト博物館があった米国とは違う判断がなされてもおかしくはない*9。ただ、反差別法に抵触するという考えは、くわしく説明されないと理解できない。

こちらの3番手は米国人男性。ストラスフィールドに22年も住み、チャリティー事業で地元に貢献してきた。夫人は市のWoman of the Yearに選ばれたことがあるという。その彼にしてみれば、慰安婦像はコミュニティを分断し、夫婦して行政と共に築いてきた地域の融和を破壊してしまうもので、看過できない。また、昔のことより現在の豪州社会が直面している、性犯罪を含む深刻な課題にこそ集中すべきだ、と述べた。

やはりオーストラリア在住であってもオーストラリア人でないところは興味深い。ただ、労力を他にさくべきという意見は、それはそれで成立するだろう。
山岡代表のレポートを信じるなら、どうやらオーストラリアでは慰安婦像が最初の他国史の記念碑となるらしいので、米国と異なる判断がくだされてもおかしくないということらしい。逆にいうと、GAHTとJCNの活動に異なる結果が出たとしても、それは団体側ではなく行政側に理由がある可能性が高いだろう。
そして山岡代表自身の主張だが、自認に反して首をかしげる内容だ。

 私は原稿の代わりに日系無料情報誌を手にした。掲載されている中韓団体の取材記事が、問題の本質を顕かにしている。私は可能な限り穏やかに話し始めた。

 「歴史の学び方はいろいろありますが、こんなやり方は感心しません。私たちはいつでも、中韓コミュニティの方々と歴史について語り合う用意があります。しかし、慰安婦像を建てる真の目的は何でしょう。この新聞のインタビュー記事にはっきりと書いてあるようです。慰安婦像推進団体の代表の方が、明言していますね。

 慰安婦像を建てる目的は、日本が昔も今もどんなにひどい国か、世間に知らしめるためだと。その目的のために、全豪に10基の慰安婦像を建てるのが目標だと。この内容に間違いがないことを会長さんが承認しているとあります」

 「アメリカでは慰安婦像が原因で日系の子供達に対して差別やイジメが発生しているのですが、それについては(日本人特有の嘘だ)と言い切っています。こんなことがまかり通るのなら、私は決して自分の子供をストラスフィールドの学校には行かせないでしょう」

 「これは明らかに政治的な反日キャンペーンであり、慰安婦像はその象徴に過ぎないということです。慰安婦三姉妹と言っていますが、女性の人権をとりあげるならば、他の国の女性も含めなければ差別にあたるのではないのですか?」

実際は「歴史戦」で戦わないことを決めたわけで、「いつでも、中韓コミュニティの方々と歴史について語り合う用意があります」という主張は虚偽なのだが、それをレポートで明かして良いのだろうか。
それに慰安婦像を原因としたいじめが発生したという訴えは、emigrl氏も複数の理由からデマであると指摘している*10。そうしたデマを国籍や人種に特有のものと主張することも差別だろうが、いじめを事実だと断言する山岡代表は独自の根拠を示す必要がある。
また、無料情報誌『CHEERS』で該当インタビュー記事をさがして読むと、オーストラリアに慰安婦像を建設することになった理由について、山岡代表による要約は誤解をまねくものとわかった*11
http://cheers.com.au/entertainment/interview/964/

韓国人なら世界どこに住んでいても過去史歪曲、強制慰安婦の存在否定、その他あらゆる妄言を次から次へと並べる日本の政治家らをこれ以上許してはいけないという強い思いで、日本にはっきり伝達しないといけなくなったわけです。米国グレンデールでの銅像建立に伴われた一連の日本側のさまざまな妨害工作(米国議員ら、市長などに日本国会議員ら、企業人、日本大使などによる投資撤回などの脅迫、経済制裁など嫌悪感を持たせる卑劣な工作振り)に呆れて、世界中の人々に日本の過去と現在の蛮行を広く知らせるためです。

従軍慰安婦問題を日本が否認しようとする動きに呼応して、慰安婦像を建立するのだという。つまり慰安婦像で問題視しようとする「昔」と「今」は、関連しているが同一ではない。「過去」の問題を否認しようとする動きが「現在」の問題なのだ。
日本を批判することを「政治的な反日キャンペーン」と表現したいならすればいい。それを「相手をけなしたり、攻撃したりするのではなく、淡々と終始一貫、理を説いた」と自認するのも、主観的には事実なのだろう。しかし、従軍慰安婦問題とは別個の反日が目的とはインタビュー記事に書かれていない。


そして公聴会の結論部分で、ようやく「阻止」の内実が明かされた。

市議たちがやっと戻って来た。市長が静かに話し始めた。「この問題は市で判断できる問題ではないので州や連邦の大臣に意見を求めます」

 一瞬意味がわからなかったので、近くに座るオーストラリア人に尋ねると、彼は腕を組みながら答えた。「自分たちで判断せず、州や連邦に投げて、棚上げにするという意味さ」

 却下しなかったのはおおいに不満である。しかし、とりあえず強行突破はされずに済んだ。9回裏10対0から同点に追いついたのだ。市議会は明らかに我々のスピーチに軍配を上げたのだと思う。しかし、中韓団体のゴリ押しの政治力を考慮して、即時却下はできなかったのだろう。

つまり州や連邦に判断があずけられただけだという。もともと建立されると決まっていなかったものが先送りになっただけなのに、JCNが「阻止」したといえるのだろうか。
このレポートからは、公聴会での主張を市議会がどう評価したのかわからない。「市議会は明らかに我々のスピーチに軍配を上げた」も「中韓団体のゴリ押しの政治力を考慮して、即時却下はできなかった」も根拠のない主観にすぎない。


なお、従軍慰安婦問題そのものへのストラスフィールド市の見解は、すでに出されている。「話し合ってわかり合える相手ではない」という考えから議論をさけるだけでは、従軍慰安婦問題を否認することはできない。
ストラスフィールド市といえば、慰安婦決議を2009年に可決していた都市だ。新たに慰安婦像を建立することは議論がわかれたとしても、すでに歴史認識における立場は鮮明にしている。
http://wam-peace.org/ianfu-mondai/intl/region/aus2009030/

本議会は、
(a)2009年3月8日の世界女性デーを記念して、いわゆる「慰安婦」とされた女性の苦しみと彼女らの人権と尊厳の回復の重要性を確認する。
(b) 日本政府に以下のことを求める国際社会および宝塚市清瀬市、札幌市の市議会議員に加わる。
(i)被害者への公式で曖昧でない謝罪をすること
(ii)国際法に従い法的責任をとること
(iii)正確な歴史教育を行い歴史的責任をとること
(c)オーストラリア連邦政府に、(b)の(i), (ii) (iii)が実施されるよう、議会にて早急に動議を採択するよう要請する。
(d) 2009年国際女性デーを祝して、オーストラリアの「慰安婦」サバイバーであるヤン・ラフ・オハーンさんを認知し、支援することを表明する。


本項目は全会一致で決議された。

*1:従軍慰安婦報道にまつわる池上彰のバランスとは、事実と虚偽の中間をわたりあるくこと - 法華狼の日記で批判した。

*2:以下、JCNと略す。たちあげ前の公聴会時の立場についても、JCNと表記する。

*3:http://www.sankei.com/life/news/150107/lif1501070004-n1.html

*4:外交問題に地方自治体がかかわるのは政府への越権行為だと訴訟をおこした団体が、外国政府から支援されようとしている不思議 - 法華狼の日記で批判した。

*5:Australia-Japan Community Network (AJCN)

*6:[twitter:@emigrl]氏が報告している。http://twitter.com/emigrl/status/570888249427644416

*7:グレンデール市に見る、日韓の対立ではなく人権の確立としての従軍慰安婦問題 - 法華狼の日記

*8:具体的な証言はこちらで紹介されている。【被害者証言】ヤン・ラフ=オハーン(オランダ) | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

*9:おまえの罪を数えろ、われらの罪を数えろ - 法華狼の日記で引用した毎日記事を参照のこと。

*10:macska dot org » 「グレンデール市に慰安婦像が設置されたことによって日本人の子どもがいじめられている」というデマについて

*11:なお、『CHEERS』の従軍慰安婦記事そのものにも多くの問題があるが、それは別エントリで指摘することにしよう。