法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

オーストラリアの日本語無料情報誌の従軍慰安婦記事がひどすぎる

オーストラリアで慰安婦像建立に反対する団体JCNが、情報源にしていた無料情報誌『CHEERS』。その問題について、JCN批判エントリの注記で予告したとおり批判する。
「豪州の慰安婦像はこうやって阻止した」なんて高評価して大丈夫? - 法華狼の日記

『CHEERS』の従軍慰安婦記事そのものにも多くの問題があるが、それは別エントリで指摘することにしよう。

なぜか「http://cheers.com.au/entertainment/」カテゴリで、著名人インタビュー記事に混じって、従軍慰安婦問題について論じた記事がある。読んだ範囲では、どれも「大庭祐介」というライターが書いている。


それらの記事のひとつ、JCNの山岡代表が主張の根拠としたインタビュー記事を読んだところ、正直にいって信用することが難しいものだった。
http://cheers.com.au/entertainment/interview/964/
慰安婦像を建立しようとしている団体側にインタビューした記事だが、その最後に下記の立場を明かしている。

弊紙は、同インタビューと平行して、グレンデール慰安婦像撤去訴訟で戦うNPO法人「歴史の真実を求める世界連合会(GAHT)」とコンタクトを取った。その結果、同団体との協力体制を築くことができた。グレンデール訴訟での対応、教訓など貴重な情報を参考に、今後の対応に邁進していきたい。

中立を装うよりは誠実だが、しかしインタビュー相手に正確な説明をして確認をとったかどうか、いささか心もとない。
この時点で、後に米国の裁判で「ボロ負け」*1したGAHTと連携していたこともわかる。


さらに「参考資料」として複数の資料をならべているが、事実誤認ばかりだ。
たとえば吉田清治証言について、その影響についての説明が明らかに間違っている。

吉田の証言は国連クマラスワミ報告(1996年)やアメリカ合衆国下院121号決議(2007年)などの事実認定でも有力な証拠として用いられている。

クマラスワミ報告書は吉田証言に言及しているものの重視はしていないし*2、米国下院決議に吉田証言は用いられていない*3
ちなみにインタビュー部分は正確に表記しているのに、参照資料部分では「吉田清二」と名前を誤表記している。怪しげな情報源を参照したのだろうか。


信じられない事実誤認もある。植村隆記者が従軍慰安婦問題を日本で初報道したというのだ。

新聞記者・朝日新聞社社員の植村隆は、1991年にいわゆる従軍慰安婦問題を日本で初めて報道したが、事実に反する捏造であったと指摘されている。

どのような資料にもとづいて「日本で初めて報道した」と思ったのかわからない。植村記者が捏造したと主張する人物がいること自体は事実だが、そもそも吉田証言を1980年代に報じたことで朝日新聞が批判されているのに、この勘違いは理解しがたい。
おそらく実名で名乗り出た証言者を初めて報道したことを勘違いしているのだとは思うが、朝日初報そのものは情報源の関係から匿名であり、名前をふくむ詳細は数日遅れの北海道新聞が初報だったこともわかっている。さらに元慰安婦を報道した記事は、朝日新聞以外でも1980年以前から確認できる*4


米軍の「日本人捕虜尋問報告49号」は一部抜粋だけして、高給であったと解釈できる部分のみを紹介し、生活苦におちいったという部分は無視している。
しかも日本語訳は信頼できる先行訳を参照していないようだ。たとえば「wooden clothes」を「下駄」ではなく「木製の衣服」と翻訳し、「"native girls"」を「?現地の女性達?」と翻訳している。

日本人兵士達は、しばしば、家から雑誌、手紙、新聞を受け取る事がどれほど楽しいものであるかを語っていた。また、彼らは缶詰、雑誌、石鹸、ハンカチ、歯ブラシ、ミニチュアの人形、口紅、および木製の衣服で一杯の?慰安袋?の中身について語っていた。口紅と衣類は女性用品であり、女性達は家族がなぜそうした物資を兵士に送るのか理解できなかった。彼女らは、送った者は単に、自分達、あるいは?現地の女性達?への贈り物が念頭にあったのではないかと推測した。

あまり見ない翻訳文なので調べてみると、下記ページの翻訳文の一部であることに気づいた。
http://www.kananet.com/ianfu/ianfu2-japan.html
全文翻訳が存在することから、これ以前に日本語訳があるとしても、一部抜粋した『CHEERS』が後から利用したことは間違いないだろう。なぜオーストラリアで発行している情報誌なのに、独自に日本語訳をおこなわないのだろうか。
テキサス親父が同じように日本語訳をインターネットからコピペしていたが、いくら無料とはいえ情報誌として情けない。
「テキサス親父」という愛国詐欺師とソースロンダリング - 法華狼の日記


当然のように、他の従軍慰安婦記事も問題が多い。
たとえば上記インタビュー記事の歴史専門家による解説と称して、とんでもない人脈でとんでもない人選をおこなっている。
http://cheers.com.au/entertainment/interview/976/

特集の第一回で、韓国人会会長側近※のインタビューを行った。弊紙が投げた質問に対しての側近の回答の中で、今回は特にもっと深い事実検証、判断材料が必要なもののみをピックアップして、なでしこアクションを介し、歴史専門家へ事実検証を要請した。

ここで登場する「歴史専門家」が藤岡信勝氏。記事の末尾に掲載されているプロフィールからもわかるように、歴史の専門家ではない。

昭和46年北海道大学大学院教育学研究科博士課程単位取得。名寄女子短期大学、北海道教育大学東京大学教育学部拓殖大学を経て、現在拓殖大学客員教授。専攻は教育学(教育内容・方法)。

他にも河野談話の解釈で、明らかに誤った主張をおこなっている。
http://cheers.com.au/entertainment/interview/988/

官憲とは、警察官の意。日韓併合時代における朝鮮半島の警察官は、そのほとんどが朝鮮民族だったという。

官憲は警察だけでなく軍もふくむ。そして河野談話で官憲が募集に直接的に加担したとあるのは、インドネシアのスマラン事件を想定している。その証言者がオーストラリアにいる事件くらい調べていないのか。
つまり朝鮮半島にける警察官の人種構成は関係ないし、そもそも植民地の現地人を利用したことは日本を弁護できる根拠にならない。

また「旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与」とあるが、旧日本軍が関与したのは慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送で、朝鮮半島の女性を強制連行したとは述べていない。民間業者が行う慰安所運営の設置や衛生状態の管理、慰安婦の移送時に、違法行為がないかなどを取り締まった、という解釈ができる。

河野談話の全文を引用しながら、「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営された」という文章を読み落としているのだろうか。


このような認識で従軍慰安婦問題を論じ、差別主義者との連携を表明している『CHEERS』やJCNこそ、共生の可能性を破壊するものだ。
もちろん差別があるならば批判しなければならない。しかし国家の政策に過ちがあったり、その過ちを否認する動きがある時、それらを批判することは差別ではない。