法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『メルカトルかく語りき』麻耶雄嵩著

ひねくれた趣向が推理によって浮かびあがり、反倫理的な探偵の行動が終焉をもたらす。いかにも著者らしい、永遠の青臭さが匂いたつ本格ミステリ短編集。
小説としての奥行きを放棄したかのような構成で、かわりにつめこまれたトリックやロジックの密度が濃い。


全体として、推理の結論として答えが出ないことが明らかにされていく趣向の短編が並ぶ。
以下、各短編のネタバレ気味な感想。
冒頭の『死人を起こす』は、奇妙な構造の二階建て別荘を舞台とした、謎の転落死をあつかう。やや人間心理にたよりすぎている上に、きちんと伏線がある「被害者」はともかく、「犯人」をしぼりこむ条件とする展開は納得しがたい。趣向は面白いのだが。
助手の住むアパートを舞台とした『九州旅行』は、近所で発見した謎について、少ない手がかりから発生経緯を解明していく。探偵役の性格からすれば見え透いたオチだが、一種の不条理劇としての切れ味はいい。
白眉は『収束』。新興宗教を題材としており、連続銃撃事件の状況が冒頭で語られたかと思うと、時間を巻き戻して古典的な孤島物が展開される。そこから事件が発生するわけだが、犯人の意図を推理していくなかで、普通は推理の対象にならない存在が論理的に特定されていく。それだけでも面白いのに、冒頭の意味が明かされることでさらなる衝撃を与えてくれる。
メフィスト学園を舞台にした競作『答えのない絵本』は、この短編集の趣向をつきつめた内容。二十人ほどの容疑者を、論理パズルを解くような手つきでしぼりこんでいった末に、犯人を特定することの不可能性が証明されてしまう。ただ、犯人の不在を推理の結論とするミステリは先例が多いので、この作品の印象は弱い。
各短編の頁数が少なすぎて、先述したように、推理の穴を感じたところもあった。特に最後の『密室荘』などはショートショートに近い。明快なロジックやトリックなどはなく、探偵の行動の不思議さについてのみ解かれるが、普段の行動からして不思議でも何でもない。しかも、密室と殺人が別人といった複合的な状況を考慮すれば、探偵と助手の結論は不合理でしかない。