法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『密室殺人ゲーム2.0』歌野晶午著

チャットで出題されるミステリクイズ、ただし事件は作中現実において出題者が実行したものばかり。事件が一つ解決するごとに犯人と探偵が入れ代わり、死体の山が築かれる。
同じ著者による『密室殺人ゲーム王手飛車取り』*1の設定を使いつつ、少しずつ内容をずらしていき、全く違う結末へいたった。


前作は読了後こそ納得できたものの、最初の事件が明らかに間延びしていた。比べて今作は明らかにテンポが良い。個々の事件も刺激が強くなり、トリックの独自性も高くて、娯楽作品としての完成度を増していた。
単独の作品としても楽しめるし、前作の真相をふまえた上で真相の意外性を楽しめる話もある。ただし部分的に前作の真相を明かしているので、やはり前作を読んでから今作へ目を通すべきではある。


以下、前作をふくむネタバレにふれる感想。
個々の真相は古典の焼き直しを実行しただけという地味な前作に対し、今作はどれも強いひねりが入っている。個々の事件に対する偽真相もそれなりに面白味がある。おかげで各話の短編ミステリとしての完成度が高い。特にQ3とQ5で描かれたトリックは、改良すればそのまま普通の本格ミステリにも使えるだろう*2
主人公が犯人となるQ4も、トリックが普通によくできている上に、連作の趣向によって真相の驚きが増す。このQ4とQ3は偽真相を否定することが難しく、正確には真相を当てていないのに真犯人が出題者として負けを認めるという普通のミステリではありえない描写もあって楽しい。
しかし連作の趣向を最大限にいかしたQ6は、趣向に気づいた時点で真相まで一直線であり、せっかくトリック自体は良かったのに驚くことができなかった。少しばかり残念。


さて、前作は主人公が殺人ゲームに虚しさをおぼえて閉じていく物語だったとすれば、今作は互いに刺激されあい享楽的な殺人ゲームを欲して開いていく物語。いったん前作のように倫理的な結末をにおわせ、最後にひっくり返すことで強調する。
今作は前作の正当な続編であるという伏線が張られており、中盤で明かされる。この物語が連続しているという真相も、閉じた前作を今作でこじ開けたという前述の趣向を強調する。くわえて序盤で解決したQ1の真相を補完するしかけにもなっている。
一見すると対照的な結末だが、しかし殺人ゲームの虚無性を描くということでは一貫しているとも感じられる。どちらも、より刺激を求めていった末の自壊であり、袋小路に入っていること自体は変わりないからだ。自壊するのが主人公か、主人公が仲間の自壊をながめるかの違いしかない。ただ、後者であれば虚無を見つめながら生きながらえる道を探ることもできるだろう。
物語が描く倫理は悪質だが、本格ミステリに対する批評と受け取れば近作の方が前向きで健全といえる。不思議な感覚だ。

*1:感想はこちら。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20080902/1220386295

*2:実際、ずっと以前に私もQ3と同趣向のトリックで中編本格ミステリを書こうかと思っていたくらいだ。