美波の事件簿シリーズの前日譚。連作本格ミステリとして、東京創元社文庫に書き下ろされた。
表題作に「密室」とあるが、これは肩透かし。手焼き煎餅は真相を思いつくきっかけとして処理される。小さな犯罪のホワイダニットとして読めば、そう悪い内容でもないが。
しかし他の短編「旧体育館の幽霊」等は狭義の密室事件といえて、ライトなミステリとして充分に楽しめた。また、身近な現実でも存在しそうな問題を、うまく日常の謎としてミステリに仕立てた「回る寿司」が印象深かった。
もちろん東京創元社の連作ミステリらしく、全ての事件に関連性があることが最後に明かされる。読みながら見当がつく趣向だが、各事件の背景に一つの社会派なドラマを浮かび上がらせ、なかなか良かった。
トリックや推理も、短編に合った物量。過去シリーズとトリックの質そのものは大差ないが、適切な頁数でミステリ化されることで読みごたえが生まれ、テンポも格段に良くなった。
何より良かったのは、キャラクター小説として格段に完成度が上がったこと。
過去シリーズはライトノベルのミステリ専門レーベルで出版されていたのだが、誇張されたキャラクターが陰惨な殺人事件を前にして嬉々として推理を行ったりと*1、レーベルとミステリの方向性が齟齬をきたしていた。幼いキャラクターが殺人事件を前にして嬉々とする娯楽作品もあっていいが、作中の人間評価と大きく乖離しており、キャラクターを物語を動かすための人形として使い捨てているとしか思えなかった。
しかしこの作品では事件が日常の謎にとどまり、逆にキャラクターの描写は抑制され、シリーズ名探偵すら等身大の少年らしい内面をのぞかせる。事件と人物の双方を派手に描こうとして破綻した過去作品は、きっと著者本来の作風と異なっていたのだろう。