法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ジェノサイド』高野和明著

アフリカ奥地に誕生したという、人類を滅亡させかねない新生物。
その新生物の処理計画の立案と指揮をまかされた米国の学者ルーベンスと、その計画を遂行する傭兵イエーガーと、謎の新薬開発にかかわる大学院生ケントの視点を中心にしながら、人類が新種と同種への虐殺に狂奔することになる大事件と、その流れにあらがおうとする個人の小さな輝きを描く。


江戸川乱歩賞作家が小説誌『野生時代』2010年4月号から2011年4月号まで連載した小説。単行本は2011年3月30日に出版された。
第一部では、超技術を手にして追われるようになった平凡な若者のサスペンスと、目的の人物と会うため武力をもって密林へわけいるアドベンチャーの両面で物語が進行していく。
第二部で新生物を殺す側にいる主人公の論理が描かれ、現場にいる二人の主人公は追いつめられていく。虐殺を嫌悪しているはずの人物が、そこここで敵を討つことに高揚感をおぼえている描写が、良い意味で痛かった。
第三部で米国が新生物対処に翻弄されていた背景が明かされ、人類は他者と共生できるのかと問いかけられる。


根幹設定はシンプルで古典的なSFだ。ネタバレを防ぐため詳細は避けるが、最初はSFというより医療サスペンスの領域かなと思っていたら、一瞬あっちのSFに行くかと見せかけて、こっちのSFにとどまるという。
全体として設定説明や資料引用が多く、はげしく複数の視点を行き来して、やや物語の流れが断続的だった感はある。特に、イラク戦争を始めておいて収拾できないでいる愚かな米国大統領は、モデルとなった人物像が露骨すぎた。大統領の言動だけでなく周囲の閣僚も、現実をそのまま引いているがゆえに悪の枢軸のような陳腐さではあった。
それでも、危険と疑問と解答が間断なく訪れて、飽きずに読むことはできた。終盤のどんでん返しも、主人公の敵味方が逆転するところはサスペンスの常道なので予想範囲内だが、新生物をめぐる真相は伏線がぴったりおさまる快感があった。


結末は相応のハッピーエンドに見せかけて、後戻りできない世界の変化を示唆しており、やはりSFホラーや黙示録SFの味わいに近い。
終盤に明かされる新生物の役割も明確だ。ただし哀れだとか恐ろしいとかいう感情移入した感想を当てはめるのは、たぶん間違っている。途中で傭兵が思いあたるとおり、この物語において新生物は人類の「鏡」としてふるまっている。そのことは結末で科学者の立場から改めて確信されている。
そして別エントリで詳述するが、この小説そのものも、現実において読者の「鏡」となっている。
他者を異物とみなす諸問題を描いた小説『ジェノサイド』に対し、日本の虐殺行為も描かれているから反日小説だと評する謎 - 法華狼の日記