法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『その夜の妻』

1930年の小津安二郎監督作品。病気の一人娘を看病している女性と、モダンなビル街で拳銃強盗する男性が、並行して描かれる。
そして帰宅した男性と女性の前に、ひとりの男が姿をあらわした。追うものと追われるものが密室ですごす、静謐でいて緊張感に満ちた一夜のサスペンス。


GYAO!で無料配信されていることに気づき、70分以下の短い尺だったので、試しに視聴した。
原作は未読だが、雑誌『新青年』に掲載された海外短編小説『九時から九時まで』とのこと。舞台と登場人物は日本へ移しかえられているが、作品としてはモダンな欧米風でつらぬかれている。
主役の夫婦は鼻筋のとおった美男美女だし、相手役の俳優はハリウッド映画に出演していたほどの長身。ただし室内美術の欧米趣味が強すぎて、空間も広々と写していたから、子供の薬代に苦労している生活とは見えにくい感もあった。


現代のサスペンスならば相手役の正体で紆余曲折があったり、夫婦間にもさらなる秘密をもりこんだりしたかもしれないが、シンプルな設定でも演出がきちんとしていれば緊張感がつづく。重病の子供がタイムリミットを生み出しているのがポイントだろう。
シンプルな状況がわかりやすいおかげで、モノクロサイレント映画でありながら、字幕台詞は最小限。それがいっそうモダンな雰囲気をもりあげていた。