法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ハーモニー』『虐殺器官』を批判する匿名記事を読んでいて気づいたこと

下記の匿名で書かれた批判文が注目を集めていた。
王様は裸だ! と叫ぶ勇気 ~伊藤計劃『ハーモニー』の崩壊~

今回は、自分の名前を出して発言するのはあまりにリスクが大きいと判断して、不本意ながらこういう形を取らせてもらった。実は匿名で書くことにすら尻込みを感じている。

 なぜなら僕が今から批判しようとしているのは熱狂的なファンを多くもつ作家――伊藤計劃氏の作品だからだ。

始めて読んだ氏の作品は、『虐殺器官』だった。新人のデビュー作ながらその年の、SFが読みたい! の1位を取ったというので、期待をもって読み始めたのだ。

 しかし、あまり感心しなかった。なぜなら作中のメインアイデアである「虐殺の文法」というものが、言語SFの歴史の中ではさほど捻ったものではなく、更に2005年に別の日本人作家が発表した短編とも酷似している。

僕は『ハーモニー』のアイデアも独創的だとは思わない。

 ユートピアを追求したら自由意思の存在しないディストピアになってしまったという結末は、星新一や、アシモフの代表作のほか枚挙にいとまがないし、クラークの某長編をはじめとする「人類補完もの」のバリエーションのひとつとも読める。


主として批判されている2作品については、過去に感想を書いたことがある。どちらも軽くネタバレをしている。
『虐殺器官』伊藤計劃著 - 法華狼の日記

虐殺を発生させるSF設定も同種で、結末まで同じだった。そして後から作者自身が影響関係を認めていたと知った……

『ハーモニー』伊藤計劃著 - 法華狼の日記

優しいディストピアに違和感をいだいた少女達の物語……だと思っていた。

たしかに『虐殺器官』に新味がないというところは匿名記事と同じ感想だったし、先行作品があることは作者もインタビューで明言していた。
しかし『ハーモニー』がディストピア小説ということは自明で、ミァハという一個人の目的と動機こそがメインアイデアであり、匿名記事は要点がずれているように思える。


さて、この匿名記事の正体を商業SF作家と考えているコメントが多数ある。
具体的にいうと山本弘だ。ひきあいに出されているタイトルも、山本作品との影響関係があるらしい『キノの旅』だったり、過大な期待が裏切られた前例としてよく批判している『さよならジュピター』だったり。
「SF」や1ケタ数字が全角で書かれていることから縦組みを意識した文体と指摘するものもあるし、そう考えると文頭に空白を入れているのも商業作家らしい。はてなでエントリを書くと、自動的に文頭に空白が入るように整形されるので、わざわざ空白を入れる人は少ない。
同じプロット重視の観点からツイッターでSF作品を批判していたこともある。その時、日本の現役作家に対しては具体名をさけていた。
SF小説とプロットについて - Togetter


もちろん匿名記事の正体をさぐっても批判の妥当性とは関係ないし、有名な特徴を押さえているということは模倣できなくはないということでもある。
ただ、少なくとも匿名記事が山本弘を意識しているのは間違いないと思う。山本弘の名前を出していないのが、その根拠だ。
虐殺器官』『ハーモニー』それぞれの先行作品はほとんど作者か題名の具体名をあげているのに、ネタバレを避けるように具体名を出していない短編がひとつある。その特徴が山本弘作品のひとつと符合するのだ*1
検索してみると『虐殺器官』の先行作品として言及する文章が複数みつかる。もしこれが本人でなければ、重度のファンだろうなという印象は受ける。

*1:匿名記事を尊重して具体名はさけるが、収録されている短編集にリンクしておく。http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/20914.html