法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『NHKスペシャル』従軍作家たちの戦争

『麦と兵隊』で知られる火野葦平を中心として、日本の小説家が軍部のプロパガンダ政策に乗せられていった過程を描く。
NHKスペシャル
芥川賞作家の石川達三による『生きている兵隊』が、日本軍の残虐行為を描いたために発禁となった直後、中国へ流出して国民党のプロパガンダ材料に活用されたこと。
それに対抗できる人材として、出征前に発表した作品で芥川賞を受けた火野葦平へ白羽の矢がたったこと。
そして従軍作家となった火野は『麦と兵隊』にはじまる「兵隊三部作」を発表してベストセラー作家となり、その流れに他の作家も追随していったこと。


中国と日本それぞれのプロパガンダについて、番組では政策の技術面や積極性だけが論じられる。従軍作家による文章の文学的評価や描写の事実性は、表層においては語られない。コメントをよせた中国側からすれば不満のある編集かもしれない。
しかし日中戦争でさまざまな残虐行為があったことを番組は前提視しており、その描写が作品から欠落していることをもって軍部の圧力や作家の翼賛を示唆している。最近に発掘された火野の従軍日記も断片的に紹介され、火野自身が捕虜殺害にかかわった記述が指摘されていた。


火野が戦地で兵士として芥川賞を受けたことが象徴するように、文学界全体もプロパガンダ政策へかかわっていった。『生きている兵隊』で執行猶予判決まで受けた石川も特派員として戦地におもむいたし、漢口攻略に従軍した林芙美子は日本軍に感激し賞賛する文章を朝日新聞へよせた。
特に、小説家の体制翼賛運動を主導した菊池寛は印象的だ。火野を従軍作家にせしめたきっかけである芥川賞の設立者であり、火野が深く参加した大日本文学報国会もつくった。しかし敗戦後には、翼賛運動などしたくなかったが抵抗できなかったという白々しい言葉を発した。
いかにも雑誌『文藝春秋』をつくった菊池らしいふるまいだ。『文藝春秋』自体も、敗戦直後に他メディアの自己批判が甘いと批判しながら、自誌の戦争責任は無視していた*1。ここで番組は、現在までつづく日本社会の自己批判の浅薄さを描き出す。表現者自己批判の甘さが菊池個人だけのものと思ってはならない。


ちなみに、菊池と同じように公職追放された火野は、やがて小説家としての活動を再開した。
そして従軍作家の責任を自己批判した小説『革命前後』を発表した1960年、火野は自殺した。遺書にはっきりとした動機は残されていない。
火野の死後、封筒に入った古い『土と兵隊』が見つかった。そこで火野は自身の捕虜殺害を示す文章を足して、完全版としていたという。