法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

作品が「右傾エンタメ」と評価された小説家が、チャンネル桜に援護されたことを喜ぶ

「右傾エンタメ」とは小説家の石田衣良氏による造語で、娯楽小説の傾向を論じた朝日新聞記事でとりあげられていた。
http://www.asahi.com/national/update/0617/TKY201306170494.html

 【中村真理子山田優】近頃、エンターテインメント小説に、愛国心をくすぐる作品が目立つ。なぜ、読者の心をつかむのか。

 安倍晋三首相も「面白い」と太鼓判を押す今年の本屋大賞受賞作、百田尚樹海賊とよばれた男」は「日本人の誇りを失うな」と訴えかけ130万部超のベストセラーに。

 「右傾エンタメ」とは石田さんの造語。「君たちは国のために何ができるのか、と主張するエンタメが増えているような気がします」。百田さんの2006年のデビュー作「永遠の0(ゼロ)」から気になっていたという。同じ年、安倍首相の「美しい国へ」がベストセラーになった。

石田さんは「かわいそうというセンチメントだけで読まれているが、同時に加害についても考えないといけないと思う。読者の心のあり方がゆったりと右傾化しているのでは」。

もちろんナショナリズムを賞揚する娯楽小説は過去から少なくない。よりせまい読者層が相手ではあったが、仮装戦記というジャンルが流行したこともあった。
もともと娯楽小説には読者のかなわぬ欲望を満たす側面があると考えれば、その欲求のひとつにナショナリズムが入ってもおかしくはない。現実でかなえてはならない欲求を虚構の範囲にとどめるならば、むしろ罪がないという考えだってあるだろう。
また、右傾化の象徴的な小説と読めたとして、それだけで話を終えず、なぜ右傾化小説に読めたのかという理由をほりさげていくべきだとも思う。国家権力と意図的に接近しているのか、国家と自覚的に同一化しているのか、商業的な要請にしたがっているのか、単に国家との距離感がにぶいのか、それとも批判や皮肉もこめているのに読みとってもらえなかったのか、さまざまな背景が考えられる。
しかし一方で、物語が供給され受容されている傾向から時代の傾向をくみとる行為が、単純に全否定されるべきとも思わない。


そして朝日新聞記事の評価に対し、ツイッター百田尚樹氏が反論した。
百田氏は、朝日放送の人気ローカル番組『探偵!ナイトスクープ』の構成作家であり、小説デビュー作『永遠の0』からベストセラーを連発している作家なのだが……エントリタイトルで説明したように、反論のつもりで批判の妥当性を裏づけてしまった。
一連のツイートは下記Togetterでまとめられており、そこにチャンネル桜に援護されたことを歓迎するツイートも入れられている。
作家・百田尚樹氏、朝日新聞と石田衣良氏の「右傾エンタメ」評価に反論&読者反応 - Togetter

チャンネル桜とは、CSテレビ局のひとつ。右翼と呼ぶことが右翼に失礼だと思ってしまうような会社だ。
たとえば南京大虐殺を否定するプロパガンダ映画『南京の真実』三部作を作るといって寄付金を集めたが、東京裁判を描いた第一部だけが完成。残りの二部作を作るための寄付金はテレビ局維持に流用されているという。
『1937 南京の真実』の真実 - 法華狼の日記
東日本大震災のボランティア番組においては、持っていった援助物資が現地で必要とされなかった時、なぜか被災地の担当者を批判して謝罪させた。
映像作品としてはOK、主人公の最低ぶりが完璧に表現されているという意味で - 法華狼の日記
また別の東日本大震災ボランティアにおいて、現地人の発音がおかしいからと「アジア人」あつかいして怪しんだこともあった。
尖閣諸島衝突事件の映像を漏洩した元海上保安官が、「善良な市民」になっていた - 法華狼の日記
主催していたフジテレビ批判デモで、フジテレビの掲揚していた日章旗がボロボロだからという理由でひきずりおろすことを煽った。
日の丸を拍手とともに愛国者がひきずりおろした日 - 法華狼の日記
このような行動をくり返しているため、保守派からも批判されることが少なくない。


百田氏は、チャンネル桜がどのようなメディアかを知らず、単に朝日新聞記事へ反論するために引いたのだろうか。残念ながら、そうではない。
先日に橋下徹市長が従軍慰安婦問題を否認した時、それに同調していた。しかも慰安所制度を問題視する人に対して、「左翼ジャーナリストや学者」に洗脳された「情報に無関心で無知な人」という評価をくだした。

悪名高いジャーナリスト西村幸祐氏を「畏友」と呼ぶ関係でもある。

西村氏はNHKの『クローズアップ現代』が天安門事件をとりあげた時、見当違いな解釈をおこなったことがある。
バカは死ななきゃ治らない、西村幸祐おまえのことだ。 - Transnational History
自衛隊の庁舎たちいりが圧力によって拒否されたと産経新聞が報じた時、その情報源として名乗り出たこともある。

この報道に対しては各市庁舎から抗議があり、産経新聞誤報であることを認めた。
ず's - 産経新聞の「自衛隊の防災演習、東京の11の区が庁舎立ち入り拒否」記事について
百田氏の話にもどると、元海上保安官一色正春氏や佐藤正久議員との対談などもおこなっている。

ちなみに一色氏は、先述したチャンネル桜のボランティアに参加し、被災者を「アジア人」と怪しむレポートを書いた当人である。


小説家の思想が必ずしも作品に反映されるとは限らない、という一般論にも一定の妥当性はあると思う。商業作品には編集者など第三者もかかわるし、広い読者を意識して妥当な言説の範囲にとどまることもある。
しかし百田氏は小説のかわりにツイッターを使って、自身の思想を安易に公表してしまった。そして、その思想が一定の支持を集めている状況から社会の右傾化を読みとることも、さほど無理はないだろう。
朝日新聞記事に問題があるとして、それは作品を深読みして評価したためではない。むしろベストセラー作家へ遠慮したかのように、浅い批判にとどめたことに問題がある。石原慎太郎議員が長年にわたって都知事に選ばれつづけていたことと同じだ。