法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『20年間の水曜日』をめぐる図書館戦争

「図書館の自由」という言葉が脳裏をよぎった。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120707/edc12070702070000-n1.htm

 日本による朝鮮半島統治時代の慰安婦について、日本が国家レベルで強制連行し、性奴隷にしたと断定する韓国人の著書の翻訳版を、文部科学省所管の社団法人「日本図書館協会」(東京)が、全国の図書館に推奨する選定図書に指定していたことが6日、分かった。慰安婦について「強制連行を示す資料はない」とする日本政府の見解に反する内容が一方的に書かれており、識者からは「公的機関が推奨する本ではない」との批判が出ている。

 慰安婦をめぐっては、平成5年8月、河野洋平官房長官が官憲による慰安婦募集の強制性を認める「河野談話」を発表したが、その後、元慰安婦女性からの聞き取りだけを根拠に作成されたことが判明。政府は19年3月に「強制連行を示す資料はない」とする答弁書閣議決定。現在、文科省教科書検定でも軍や官憲による強制があったとする記述は認められていない。

日本政府の見解は「強制連行を示す資料はない」という断定ではない。政府見解そのものは下記の通り、資料未発見であるものの強制性は疑いえないという立場だ。
慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話*1

慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。

当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。

「日本が国家レベルで強制連行し、性奴隷にしたと断定」というだけなら、日本政府の見解を踏襲したものと呼べる。
「強制連行を示す資料はない」という答弁書は、おそらく2007年3月17日に安倍内閣が出した答弁のことだろう。
「慰安婦強制動員はなかった」日閣議“河野談話”公式否認 | Joongang Ilbo | 中央日報

閣僚会議は「政府が発見した資料からは(日本)軍や官憲(官庁)によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見つけることができなかった」と明らかにした。

日本政府は「河野談話」に対する公式立場を質疑した民主党議員に対する答弁書でこのように明らかにした。閣議を通して決まったこの答弁書は日本政府の公式立場として確定される。

ただし同じ記事で書かれているように、河野談話そのものは踏襲している。

日本政府は答弁書を通じて従軍慰安婦募集の強制性について「(談話発表に先立ち)91年12月から93年8月まで日本政府は関係資料を調査し、関係者の証言を聞いた」とし「(河野談話が)閣議決定されていないが、歴代内閣が受け継いでいる」と主張した。また、日本政府は「今後もその内容を閣議決定する方針はない」とした。すなわち日本政府の象徴的な立場で“河野談話”を受け継ぐだけであって内閣全体に拘束力を持つ閣議決定はしないという意をはっきりさせたのだ。

記事が批判しているのは、資料破棄した日本側の責任を被害者が虚言しているかのように転嫁しつつ、河野談話以上に踏み込むつもりはないと明言したという問題だ。さすがに過去の政府見解をくつがえすことは安倍内閣でもできなかった。
日本政府が強制連行を否定する見解を5年前に出したというデマは、けっこう出回っているらしい。
5年前の歴史すら修正する従軍慰安婦否定論者 - 誰かの妄想・はてなブログ版


さて、問題の『20年間の水曜日』だが、出版社サイトを見るとジュニア向け著作という。
20年間の水曜日 尹 美香[著]/梁 澄子[訳]

若者に日本軍『慰安婦』問題とは何かを学んでもらおうと韓国で出版されたジュニア用単行本の日本語版。これほど被害者の証言を集め、戦時性暴力の実態に迫った本はあまり例がない。また本書では、韓国軍がベトナムで起こした性暴力にも触れている。未解決のまま推移する不誠実な日本政府と対比される被害者のハルモニ(おばあさん)が叫ぶゆるぎない希望とは。

従軍慰安婦問題が広く知られるようになった経緯から考えれば、ベトナム戦争における韓国軍性犯罪がとりあげられることは、ごく自然なことではある。
目次をざっと眺めても「戦争と女性、絶えず繰り返される悪縁」「私たちがつくっていくべき未来」といった章が最後にあることから、より広い視野で問題を見つめようとしている意識がうかがえる。

*1:日本政府の公式サイトにおさめられているように、もちろん河野洋平個人の見解ではない。よりくわしく見解を書いた「いわゆる従軍慰安婦について」のPDFファイルも、内閣官房内閣外政審議室名義でおさめられている。http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/pdfs/im_050804.pdf