法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『掘割で笑う女 浪人左門あやかし指南』輪渡颯介著

とある藩で多発する暗殺事件と怪談流布をめぐる時代小説。
第38回メフィスト賞受賞作として2008年に出版された。2004年ごろからメフィスト賞への興味が薄れてしまっていたので、ひさしぶりに手にとって頁数の少なさと、実際に目を通した時の読みやすさで驚いた。


薄さと読みやすさは良くも悪くもといったところ。不思議なことに、売りの怪談描写が駄目で、それ以外が無駄のない作品だった。
物語は女性の幽霊怪談に始まるが、はっきりいって描写が軽くて怖くないし、登場する幽霊自体もトリックで簡単に作れる程度で謎解きする意味が感じられない。たとえば掘割からのぞく幽霊のトリックは最も安易なもの。夜間に明るい照明がない時代では、幽霊に偽装することが簡単すぎる。ごく序盤に明かされるので書いてしまうが、作中怪談の過半数は意図的な嘘という真実が語った本人から明かされてしまう。細かな怪談の謎解きも、周囲の人間が騙していたという真相が多い。現実に起きたという真相が明かされる結果、さらに恐怖が増すような島田荘司作品のような衝撃を求めてはならない。もし純粋な怪談なら怖かったかもしれないが、謎解きの可能性を意識しながら読んでなお怖いという内容ではなかった。
当時の身分制度描写も、藩政の上層にいる人間に下層の武士が目通りできない一方、長屋で武士と町人が平気で同席したりする。甘い時代考証自体は許せるのだが、異なるリアリティの同居に居心地の悪さを感じてしまった。


しかし、ひょうひょうとした結末を読むと、軽さ薄さは意図的なものかもしれないとも思える。結末は読んでいて当然に予想できるありふれた真相ゆえ、肩透かしが気持ちよかった。また、藩上層部の人間に目通りできない設定も、謎の真相と必然的にからみつく。
暗殺劇の真相は、厳密な推理こそないものの起こされた意図と犯人像はなかなか意外で、江戸と藩を行き来する物語構成にも必然性があったことがわかる。最初に描かれた事件に登場した幽霊の正体は伏線もしっかりしており、次の事件は異なる事件との結びつき方で楽しませてくれる。
主人公との婚約が解消された女性の顛末も、物理的には予想通りだっただけに、予想と正反対に移行したドラマが、なかなかに哀愁がただよっていて良かった。この真相は下手な悲劇より悲惨かもしれない。
あと、終盤に主人公の一人が披露した推理は、なかなか意外な犯人像というところは良かったが、読み返すまでもなく三人称による内面描写から真犯人でないことが明らか。後で披露される真相の意外性を上げるためにも、せっかくなら叙述トリックを駆使していると錯覚させるような記述で偽解決の説得力をあげてほしかった。