法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『絶望ノート』歌野晶午著

「絶望ノート」と表紙に書かれた大学ノートへ少年がつづった手記と、そのノートに記されたイジメをめぐる様々な人々のドラマが交互に描かれる。日常的にイジメを受けるだけでなく、そのきっかけになった環境からも少年は絶望を見いだす。夢を生活から切り離したために、結果として夢を維持し続けて社会と乖離してしまった父。好きな少女への恋慕が手ひどい失敗に終わったこと。
やがて、いくつかの事件があった後でイジメの主犯とされた少年が死に、しかし事件は続いていき、登場人物の多くに出口のない絶望を与えていくこととなる。


押しつけがましい善意を装ったイジメ描写に、ちょうど見ているTVアニメ『BECK』が重なってくる*1
本格ミステリの観点からだけで読むと、仕組まれた基本トリックは単純かつ珍しくなく、分厚い長編にしたてる意味はない。しかし克明に描かれたイジメの描写で、予想してしかるべき真相に拒絶感を持たせる。
ブレイクのきっかけとなった『ブードゥーチャイルド』以降の歌野晶午作品は、真相自体は予想しうるものだが、予想した真相であってほしくないと小説部分で思わせることが多い。この作品も、実は真相が中盤に半分以上も作中の台詞で明かされている。真相が全く予想できないためではなく、予想できるからこそ読み進める時に葛藤が感じられ、解決編の衝撃も増す。
さらに基本トリックを成り立たせるために犯人の位置づけが複雑化され、ミステリらしく連続怪死事件の真相はわかりにくい。基本トリック以外にも多くの技巧がこらされていることで、本格らしい難解さも生まれた。次々に伏線が回収されていく後半は圧巻だ。
何より、この作品における真相開示は少年の主観で描かれているのだが、読んでいて少年が自分自身を偽っているように感じられるところで、深い絶望を感じてしまう。実際、小説でも先行する第三者視点から、少年の主観にごまかしがあるとうかがえる。イジメの被害者は同様の心理を持ちやすいものだ。

*1:無料配信サイトGYAOで序盤を配信中。いかにも小林治監督作品らしく手描きの味わいと小気味良い動きが楽しめる良作画作品で、特に第8話後半の松本憲生作画が素晴らしい。