奇矯な音楽家が山奥に建てた奇妙な館。そこで音楽家は、自ら集めた楽団の仲間を一夜のうちに殺してまわり、自らの命も失う結果となった。
それから十年。事件に興味をいだいた大学生達が、事件を再現しようと補修を続ける館で合宿を始めた。そして雨が降り続く中、再び惨劇の幕が開く。
降り続く雨によって隔絶され、長らく廃墟だったため携帯電話も使えず、館は古典的なクローズドサークルとなる。
そして作品全体も、古典的な本格ミステリとして本当によくできている。この作者には珍しく、正面から提示された謎には全て解答が示されるし、舞台となった館に隠されていた真相も、小説として絵になるもの。
事件の動機と規模と手段も、それぞれ物語としてバランスとれている。卑小な動機で困難な手段をあえて選ぶような歪さがない。モチーフを蛍と音楽の二つにしぼったことも、統一感を生んでいる。
作者らしさが表れているのは*1、推理の詳細や細かな伏線についての説明を省略しているところだが、それも他の作品に比べればテンポを優先したと思える程度だ。
そしてメインとなるトリックが素晴らしい。簡単な趣向なのに先例が思いつかず、コロンブスの卵のような衝撃があった。
一番目に明かされるトリックは台詞回しや視点の不自然さから見当をつけやすい。それなりに有名な前例もある。しかし一番目のトリックで、視点が二重になっているおかげで読者は多くの情報をえることができる。それに幻惑され、二番目に明かされたトリックに驚かされてしまう。
二番目に明かされたトリックは、この種のトリックの一般的な構図をシンプルに反転したもの。思い返せば似た作品が全く存在しないわけではないが、趣向としてはっきり前面に打ち出した例は初めてだ。