法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

「南京大虐殺に触れることは赤に群がられる原因で、利害関係者以外だけがソースになるんですね! 覚えたぞぉ! メモメモ!」

NHKオンデマンドからドキュメンタリー番組が奇妙な削除をされたという噂が流れていたらしい。
[twitter:@moriteppei]氏がNHKに電話確認をしたり*1、kyoumoe氏が噂の発生元をインターネット上から探し出していた。
情報源の話 - 今日も得る物なしZ

広河隆一氏のツイート。

http://twitter.com/#!/RyuichiHirokawa/status/64981272103092224

NHKはそもそもオンデマンドに掲載していないと言ってますとのご連絡してくださった方あり。この件について、情報源に確認中です。信頼できるソースだったのでお知らせしました。はっきりしたらお知らせします。

いやNHKに確認しろよ。

この指摘は端的に正しいと思う。
さらに情報源を探して田場祥子氏と同じ文面を広河氏が用いていたことを突き止め、田場氏がNHKと裁判で争っていたことを指摘した下記の文章も、これ単体では間違っていないと思う。

NHKと揉めてる、国に不満がある、そういう人物からの情報なわけです。

そんな人から来た情報だと知ってたら公平な目で見れないわけですよ。

しかしコメント欄でのmoriteppei氏に対する返答は的が中心からそれてしまっている。

moriteppei 2011/05/03 08:25
記事興味深く拝見。へー。そうやって調べる方法もあるのか。一点、気になったのは、そのなんちゃら言う団体の人が情報源だったとして、その団体に対するこの記事の視線固定、印象操作が気になる。単純に「NHKと争っている団体が勘違いしたところから広がってしまった」でいいのでは。その他の点は大変参考になりました。調査お疲れ様です!

kyoumoe 2011/05/04 02:01
別に「情報源がこの団体だからおかしい」と言ってるわけじゃないですよ。
「情報源がこの団体では情報の公平性という観点で問題がある」というだけで。
NHKと何らかの利害関係がある団体からの情報はソースになりえないわけで。

この反論は勇み足だ。「なりえない」と断言するのがまずい。現実には、対象との利害関係が全くない存在だけから情報を集められることはないだろう。対立する存在でないと、批判的な情報はえられなかったりもする。
そもそもkyoumoe氏が「確認しろよ」と書いたNHKこそ、最も強い利害関係を持つ当事者だ。実際、筋金入りの陰謀論者ならばNHK自身の説明を受け入れることはないだろう。
だから広河氏へ疑義をていするのは、一方の利害関係者からのみ間接的な情報をえて、異なる立場の情報源と照らしあわなかったことのみにとどめるべきではないかと思う*2。それで批判として必要充分だ。


ただ、kyoumoe氏も自身への批判に対しては、あまり文脈に頓着せず反論する印象がある。一例として、下記のような出来事が記憶にあった。
図にしてみた - 今日も得る物なしZ

俺は赤いところの人を見て「キチガイ多いな」と思ったのね。

なのでブクマで「キチガイに群がられてる」と書いたわけ。

でも何か知らんけど水色をキチガイ扱いしたと思ってる人が出てきたのよ。

あくまで、たまたま該当ブックマークに「キチガイ」が多いと思って、「群がられてる」と書いただけという。しかし、たまたま「多い」だけなら「群がっている」と評することが正しいはずで、群がられている対象が存在するような文章は厳密には不正確だろう。
実際にkyoumoe氏自身が示したブックマークコメントと見比べると、上記の釈明とは印象が異なる。
自意識過剰 - 今日も得る物なしZ

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.hirokiazuma.com/archives/000465.html

kyoumoe とりあえず南京大虐殺のことに触れるとキチガイにあっという間に群がられることは分かった。

たしかに一応は範囲を指定していないため、想定していない相手から誤認されたという釈明だけは形式的に通用するかもしれない。
しかし「南京大虐殺のことに触れると」と書いているのだから、紛れもなく相関関係を主張しているわけだし、さらには一定の因果関係を見いだしていると読める。「群がられることは分かった」というのだから、当該ブックマークのコメント群だけを「キチガイ」と評しているのではなく、別の場所でも南京事件にふれれば「キチガイ」が群がるとkyoumoe氏が主張したとしか読めない。
もし後の釈明どおりだったならば、たとえば「あーん! 私ここキチガイが多いように見えるんですよねぇ〜(悲)」とだけ書けば良かったと思う。少なくとも後の釈明とは整合性が保てただろう。
しかし実際には、対象を特定せずに激しい批難と読める評価を公言した時点で、やはり無責任だと批判されると思う。もっと抑制して、「ここのブクマは誰とはいわないけど怖い人が多いですっ><」くらいなら、特に誰からも批判されなかったかもしれない。


さて、上記の出来事に言及したkyoumoe自身のエントリで書かれていたが、先行して従軍慰安婦問題でも似たようなことがあった。
慰安婦の強制連行 - 今日も得る物なしZ

mixiで「慰安婦の強制連行はあったのか」という話になって

俺は「あったという確固たる証拠はないが、かと言ってなかったという明確な証拠もないので分からん」と言った

いや、なかったと主張してるわけじゃないよ。

その証拠はどこにありますか、という話ね。

同じエントリで「あったという確固たる証拠はない」と「なかったと主張してるわけじゃない」が同居しているのは矛盾だ。正確を期すなら、「あったという確固たる証拠は知らない」と記述するべきだったろう。
なお補足的なエントリによると、台湾が日本に謝罪を要求したという話だったので、白馬事件は別問題とのこと。mixiの話なのでkyoumoe氏の説明を前提にするしかない。
↓の話 - 今日も得る物なしZ
しかしkyoumoe氏だけの主張から判断しても、論理展開もしくは背景説明が粗雑に感じられる。

それでオランダ人が「謝罪と賠償を!」と言ってきたらそりゃ謝れと思いますよ。
でもさ、そこから何で台湾にも謝れって話になるのかと言うのが俺には分からんのよ。
同じことをしてました、と言うのなら謝った方がいいと思うが、何回聞いてもその証拠が出てこないんだよ。
韓国も同じ。

台湾人慰安婦も証言しているように、集められた慰安婦慰安所へ移送された過程には日本軍がかかわっていた*3。軍隊という大きな強制力をもった存在が連行していたのは通説として確立している。募集段階で軍以外が斡旋していただけで全ての連行が業者の行為と主張するような、強制連行の全体像を想像できていない詭弁など、少し考えれば相手にする必要もない。
また、白馬事件のような事例と「同じこと」でないと謝る意味が分からないという考えも分からない。従軍慰安婦問題は強制連行だけが違法性を問われているわけではない。たとえば『台湾報告書』*4に収録された48人の事例は吉見義明『従軍慰安婦』で論じられていて、過半数が未成年だったことが指摘されている。いうまでもなく、当時でも未成年の売春は違法であった。
韓国についても河野洋平官房長官が元慰安婦から証言を聞き取り、慰安所での拘束を認めて、いわゆる河野談話を発するにいたっていることは有名だろう。加害国側が一定の責任を認めたのだから、一般的には充分な証拠といえるだろう。
次にkyoumoe氏は、慰安所の経営を軍が行っていたという通説すら疑問視するようになる。吉見前掲書一冊を読んでいるだけでも解消できる疑問だろうに。

中曽根は回顧録の中ではっきりと「私が苦労して慰安所を作ってやった」と書いているし、産経グループの総帥「鹿内信隆」も主計将校教育の中で「ピー屋設置要綱」について教えられたと言っている。

社説は鵜呑みにできないけど一個人の回顧録は鵜呑みにしていいんだ。へー。勉強になるなー。

B氏が単に一個人の回顧録を鵜呑みにしろと主張したようには見えない。独立した証言を比較して、同じような出来事が書かれていれば、情報の確度は高くなる。
おまけに新聞社説と当事者による証言が同じ確度というはずもなく、それぞれの立場に応じた読解が必要だ。ここで冒頭の話にも戻ってくる。従軍慰安婦問題に対するkyoumoe氏の態度は、動画削除騒動に対してNHK側と広河氏の信頼性を同等と見なしていたようなものだ。

ちなみに中曽根の回顧録の話の後日談。
中曽根康弘 - Wikipedia

2007年3月23日午後(ブルームバーグ)における日本外国特派員協会での記者会見で、慰安婦問題について質問され、「日本軍による慰安婦の強制動員事件について、個人的に知っていることは何もない。新聞で読んだことがすべてだ」と語った。また、自身の回顧録で海軍将校だった時にボルネオ島で設営したと書かれている「慰安所」とは兵隊相手の慰安婦による売春が行われていたものではないかとの質問には「徴用した工員たちのための娯楽施設を設営した」、「慰安所は軍人らが碁を打つなど、休憩所の目的で設置した」と説明した。

これを下の人(Aさん)に聞いたら

都合が悪くなったから知らん顔してるだけ

と言われました。

そんな人の発言を根拠に俺を説き伏せようとしているBさんは何なんでしょうか。

馬と鹿なんですかね。

いわば加害者側が自由な状態で出した証言が、責任を追及されるような場で否認した記事で相殺されるという発想は奇妙だ。しかも当時に将校をつとめ、後に総理大臣という重要な立場についた人物が前言をひるがえす態度をとったのだから、その国家の軍隊に対する信頼性はおちるだろう。広河氏のような独立した個人の問題を日本ジャーナリズム全体への疑念へ繋げたkyoumoe氏なら、責任者の問題が組織全体の疑念へ繋がることも認められるはずだろう。
また、Wikipediaの記述だけで判断するのではなく、引用されていない範囲の元記事も読む必要があるだろう。朝鮮日報記事は、中曽根手記に「現地の女性を襲う者を統制するために慰安所を開設したが、その際に大変な苦労を感じた」という内容が書かれていたことや、スポークスマンが1997年にAP通信で「慰安所は地域の民間業者らによって運営されており、慰安婦は強制動員されたのではなく、志願者を対象に募集された」と主張したことを伝えて、中曽根手記の慰安所が性的目的と解釈された文脈を示している。つまり、比較的に自由な状態で残した手記が他の証言と整合性ある一方、後の釈明は2回とも別内容の自己弁護だったわけだ。
また、中曽根元首相や鹿内元会長は、保守派の有力人物による証言という特殊性が注目されていただけだ。B氏も代表的な人物として記憶しており、指摘したのだろうと想像できる。吉見前掲書には、2人に限らない広範な資料が紹介されている*5



南京事件従軍慰安婦についてのエントリは、1年以上前の見解ということもあり、情報を提供して批判しておく以上に追求するつもりは現状ない。また、きちんと情報源を示した別のエントリは相応の信頼性がやはりあると思う。できるだけ個別意見には独立した評価をしたい。
しかしkyoumoe氏も自身の主張するところについては雑だったことは、せっかくの機会だから確認しておきたい。「報道も当事者も同等じゃなかったっけ?」と言われたら「大人になった」とか「摩れた」、「そんなこと言ってない」と言ってエントリ上げておけばOK……などという話は通用しないのだから*6

*1:http://togetter.com/li/130708

*2:非公式な動画の是非はさておき、削除作業が行われている現状を懸念した注意喚起として、正確性よりも速報性を優先するという判断は、必ずしも間違っていないとも思うが。その場合は、できるだけ未確定情報であることも付記すること、そしてkyoumoe氏が批判するように安易な削除ですまさないことが望ましい。

*3:http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-07-05/2007070514_01_0.html

*4:この資料への言及をふくむPDFファイルも紹介しておく。8頁目で言及され、吉見義明『従軍慰安婦』とほぼ同内容の論考がなされている。http://wwwhou1.meijo-u.ac.jp/housei2/semi/soturon/2001soturon/individual/pdf/%E6%9E%971.pdf

*5:24頁で山崎正男少佐の日記を紹介していることを始め、様々な立場の軍関係者による証言が複数ある。

*6:なお、このエントリはこちらの文章をいくつか応用した。http://youpouch.com/2011/04/26/162331/