法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『押入女』

「さて怪談だ」
「また唐突だな。というか、このシリーズはいつも唐突だな」
「大学に入学した主人公の青年が、半年前に亡くなった叔母のアパートへ引っ越してくるわけだよ」
「ベタだな。しかし半年も放置とは、家賃を叔母が前払いでもしてたのか?」
「叔母は結婚もせず一人暮らしだったそうで、遺品を引き取る者がいない。主人公の家族もふくめて親類とも縁を断っていた」
「で、主人公が遺品を整理していくと、違和感ある物が出てくるというのがセオリーだな」
「一人暮らしなわりに広い部屋は嬉しかったが、逆にいうと整理が大変。自分が持ってきた荷物の梱包を解く余裕もなく、主人公は毛布にくるまって眠ることにする」
「すると押入れからかすかに衣擦れの音が……」
「気のせいと自分に言い聞かせつつ、毛布を頭からかぶる主人公。ふと窓から差し込む月光が目の前に落ちていることに気づく。青白く照らされた絨毯の上に、とても長い髪の毛が数本」
「叔母が亡くなってから誰も部屋を掃除していない証拠というわけ……じゃないよな」
「次の日にめざめた主人公は、ふと叔母の外見を思い出す。いつもショートカットだった叔母。髪質も絨毯に残された毛とは違っていた気がしてくる」
「昨晩、奇妙な音がしていた押入れを開けると……」
「もちろん誰の姿もなく、布団やら旅行鞄やらが乱雑につめこまれているだけだった」


「まあ気を取り直して、適当に要るものと要らないものを整理していくわな」
「ブランド物みたいな高価なものではないが、ていねいに使用されていたので二束三文なりに売れそうな持ち物も多い」
「とりあえず必要な物と、売りたい物や捨てる物を別けていく……」
「叔母の布団は少し恐いので捨てるとして、客用とおぼしき布団一式は残す。旅行鞄は一つで充分だからもう一つを売る。そうして遺品をよりわけていくと、なぜか一対の物が目立つことに気づく」
「実は同棲している恋人がいたわけか?」
「しかし、それにしては男物が全くなくて、小柄な女性向けの物ばかり。ルームシェアしていたという話も聞いていない」
「それからどうした」
「日が落ちてコンビニへ買い物へ行くと、どこからかコツコツという音が響いてきて、離れない」
「明るいコンビニから外の暗がりへ目をやると何かがいる、パターンだな」
「そのとおり。物影に女性らしき姿が見えた。武器のように白い棒を持っている。あわてて外に出ると、ロボットのような奇妙な動きをして暗がりに消えていった」
「足が早くて追いつけなかったのか?」
「足は遅い。しかし女が消えた先は街灯もない真っ暗闇の田舎道で、懐中電灯を持っていない主人公は追いかけることができない」
「おびえながらアパートへ戻る、すると……」
「点けておいた部屋の灯りが消えている。急いで部屋の前に戻ってドアノブを握ると、ちゃんと鍵はかかっている。周囲の部屋を見ても灯りはついているから、少なくとも停電やアパートのブレーカーが落ちたわけではない」
「鍵を開け、慎重にドアを引くと……」
「いや、主人公は管理人を呼ぶ」
「急に現実的だな!」


「がたがた老人ゆすりしている管理人と二人でそっと室内をのぞいてみると、髪の長い女がうつむいている」
「照明が消されているのに、性別とかがわかるのか?」
「そうだな。じゃあ、暗い室内におびえながら、おっかなびっくり照明をつけると、外出する前と同じ光景が広がっている」
「ただの勘違いだった、と」
「管理人は苦笑いして去る。いつでも逃げられるように主人公は玄関を開けたまま土足で部屋に上がる」
「どうせ、まだ掃除もろくにしていないだろうしな」
「そして部屋に置いてある家具や段ボール箱の影を一つ一つ確認していった後、押入れへ向かう」
「何か武器になりそうなものをかまえて、ふすまを引く!……が、再び何もいないというパターンだな」
「ほっとしたところで、ふと自分が持っている細く白い杖に見覚えがないことに気づく」
「パターンだな」
「そして背後から聞こえた物音。梱包してあるはずの段ボール箱のガムテープが浮き、隙間から髪の毛の端が……」
「それからどうした」
「……絶叫する主人公の背後から、警察官を引きつれた管理人が登場する!」
「万能だな爺さん!」


「で、段ボール箱を開けたら長髪の女がさめざめと泣いているわけだよ」
「女はストーカーか幽霊か」
「顔をあげると、顔立ちは綺麗だが白目をむいた女が主人公の叔母の名前をうわごとのようにつぶやき続ける」
「えーと」
「女は主人公のストーカーじゃなく、叔母のパートナーだったわけだ」
「えーと」
「日本は同姓婚が認められていないし、当然のように事実婚も認められていない。アパートの名義は急死したパートナーのものだったため、追い出されてしまったんだな」
「なんか最近に聞いた話だな……」
「追い出されたことも遺産が渡されないことも納得はできる。だけど、自分と恋人の思い出がつまった品を勝手に処分されることは耐えられなかった」
「じゃあ親類は女のことを知ってたんだな。主人公一人が蚊帳の外か」
「知らなければ遺品を捨てても良心は痛まないからな」
「あー」
「警察官は呆れ顔で、女を段ボール箱から引きずり出し、不法侵入の現行犯でつれていく。女はふらふらと出ていくが、管理人があわてて白い杖を差し出す」
「つまり女は視覚障害者だったという真相かよ。だから暗い道でもそのまま走れたわけか。後味悪いなあ」
「警察官は女に説教する。君も、いい男と出会って結婚すればやりなおせる、と。混じり気のない親切心で」
「うわー」


「警察署で簡単な手続きをすませた後、遅いからと女は留置所へ移される」
「被疑者が視覚障害を持っている場合は、それなりの配慮とかあるとか聞いた気がする」
「そんなもん日本の警察が末端レベルで守るわけないやん」
「偏見だ」
「そして女は留置所の中、暗闇の底で、叔母の姿を見る」
「目が見えないはず……」
「魂の目で見てるんだよ。いわせんな恥ずかしい」
「無理やりハッピーエンドっぽくするなよ」
「それでもって女が去った後、主人公は管理人から説教される」
「なんでだよ?」
「きちんと戸締りをしていないから、こんなことになったのだと。最初から知っていれば警察官を呼ばなかったんだ、と」
「いやパートナーだから合鍵を持ってて、それで開けたんだろ」
「借り手が急死した後に半年も鍵の交換をしないわけないだろ」
「……」
「主人公と管理人は押入れの前にふたたび立つ。そっとふすまを開ける。暗がりから脂っぽい香りがただよってくる。そこにはミイラ化した死体」
「じゃあ警察署では……」
「女が死んだ叔母を幻視したのではなく、現世に未練があった女は死を受け入れて叔母と同じ存在になったわけさ」


「で、急にこんなのを書いた理由は何だ?」
「知らない人、気づいてない人が多いのだが、ここは時々ネット小説ブログなのだ。それでひさしぶりに短い小説で書いてリハビリしようかと思っていたら……」
みちのく怪談コンテスト
「……という怪談企画を見つけたわけ。それで投稿しようと思って使えなかったネタがもったいないので、ここに置く。怪談っぽい文章にしたてるのも面倒だったし」
「こんなん投稿しようと思ったのかよ。ジャンルが違うだろ」
「まあ、長い年月をともにすごしたパートナーとの仲を国家機関に引き裂かれた実話と比べれば甘ったるいわな。この事件、かろうじて後日の訴訟では勝てたが」
米カリフォルニア州ソノマ郡、老ゲイカップルを引き離し、財産をすべて売却 - みやきち日記
「なんかもう色々と最低だな!」