法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

水木しげる『従軍慰安婦』でも描かれた数の暴力

極めて短いエッセイコミックで、初出は1999年。従軍慰安婦をテーマに水木サンが「よく従軍慰安婦のバイショウのことが新聞に出たりしているが、あれは体験のない人にはわからないだろうが……やはり“地獄”だったと思う。だからバイショウはすべきだろうナ。……といつも思っている。」*1と語っていることで知られている。
見返して思ったのが、「ピー」と呼ばれた従軍慰安婦が1日に「処理」した人数の意味。1人が受け持つ小屋の前に80人から100人くらいの兵隊が並び、「一人三十分としてもとても今日中にできるとは思われない、軽く一週間くらいかかるはずだ。」*2と水木サンは推測した。この後あきらめて列を離れた水木サンの視線に、「処理」を中断した朝鮮人慰安婦が気づきながらもあわただしく排泄を行なうという、肉体の尊厳を失わされた「地獄」の光景が展開される。
吉見義明『従軍慰安婦』では下士官や兵士を対称にする慰安婦は、多い場合で1日20〜30人、後に3日の休みを必要とした例外として60人を相手させられたという数字が上げられている*3。上杉聰『脱ゴーマニズム宣言』では元慰安婦の証言として一晩に100人以上を相手させられたことを、1人ごとに小枝を折って数えたという証言とともに提示された*4。上杉氏は1人30分と考えて一晩では無理だろうと考えたが、ある軍人の手記にストップウォッチで計って平均1人5分という記述があったことから、起こりうると結論づけた*5。つまり水木サンが描いた体験談は、必ずしも極端に数字を誇張しているわけではない。異なる証言から同じ数字が出てきたからには、実際にあった出来事が基礎にあると考えるべきだろう。
無機質な数字の情報として提示されるだけでも気が滅入る。あたかも兵士の立場では天国であったかのような露悪的な主張もあるが、とんでもない。短時間の機械的な処理方法として慰安婦をあてがわれた兵士から見ても、慰安所は幸福な場所などではなかったのだ。

*1:小学館文庫『カランコロン漂泊記』161頁。改行は引用せず、異なるフキダシの台詞を中略せず一繋がりで引用した。

*2:158頁。

*3:141〜142頁。

*4:142頁。

*5:142頁。念のため、全ての従軍慰安婦が同じ環境だったと主張しているわけではない。