法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

従軍慰安婦の推計において、産経新聞記事にある疑問・矛盾の数々

最初に断っておくと、産経記事に矛盾があるとは指摘していない。産経記事が矛盾を指摘できていないことを皮肉る意図で、このようなエントリタイトルにした。
このエントリで批判したい産経記事の問題点は大別して三つある。立証責任が誰にあるのかをとりちがえていること、自身が出した数字も推計にすぎず反論として使えないこと、おそらく資料を誤読したがために取材不足をさらけだした疑いがあること。特に最後の疑いについては、仮にも新聞紙として深刻な問題ではないかと思っている。


http://sankei.jp.msn.com/world/news/131027/kor13102718000001-n1.htm

 そして「日帝(日本帝国)統治からの解放から63年の長い歳月を経て、推定10万人あまりいた元慰安婦の数は(8月13日)現在、57人に減った」としている。

 問題は「10万人」という数字だ。

 最近では「20万人が性奴隷となった」などと喧伝(けんでん)され、一人歩きする数字の典型例となっているが、これにしても出所不明、根拠不明瞭この上ない数字だ。

産経記事でも引用されているように「推定」なのだから、その数字を直接に示す出所はないとわかりそうなものだが。
そもそもの問題として、資料を残していない責任を日本が負っているという現状認識が必要だ。はっきりした被害資料が残されていないと加害側が主張すればするほど、管理責任を負っている場合の加害責任は重くなる。


もちろん、産経新聞が反論として持ち出した数字にしても、どれも推計にすぎなかった。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/131027/kor13102718000001-n2.htm

慰安婦問題を詳細かつ実証的に論じた「慰安婦と戦場の性」などの著作で知られる歴史学者秦郁彦氏は1993年、中国などに展開していた兵員数を約300万人とし、将兵50人に慰安婦1人という割合、さらに慰安婦の休日のための予備人員の係数(交代率)から1・5倍の人数を要したとの推計を前提に、慰安婦の総数を約9万人とした。

 秦氏はその後、99年に兵員数を250万人、将兵150人に慰安婦1人の割合だったとの見方を示し、慰安婦の総数は約2万人だったとの分析結果を示した。

95年に設置された「女性のためのアジア平和国民基金」が日本政府の調査を基にまとめた「政府調査『従軍慰安婦』関係資料集成」では、過去の記録を基に台湾の台北や台南、高雄など6地域を経由して最終的に中国に移設されていった慰安所での従業員や関係者らの割合を示している。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/131027/kor13102718000001-n3.htm

これによると、「朝鮮人慰安婦の割合は40・1%と推計。秦氏の総数9万人説を基にすると、朝鮮人慰安婦は約3万6000人。総数2万人説を基にすると8000人となる。

歴史学者の吉見義明氏は、兵員数300万人、割合を100人に1人、交代率を1・5とする説と、割合を30人に1人、交代率を2とする説を発表。これによると、慰安婦の総数は4万5000人から20万人となる。この場合でも、朝鮮人慰安婦の数は最大20万人の40・1%で8万200人となり、韓国の反日団体が主張する20万人はおろか、10万人にも届かない。

民族構成比と慰安婦総数は、異なる資料から異なる研究者が異なる手法で推計したものだ。資料が不足している以上、推計に推計を重ねることはしかたないとしても、その数字を絶対視することは危険だし、他の推計を否定する根拠としては弱い。
しかも民族構成比については、アジア女性基金サイトから当該ページ*1と読み比べるだけで誤りがはっきりする。
慰安所と慰安婦の数 慰安婦問題とアジア女性基金

総括的な統計資料は存在しません。各種の資料を総合して言えることは、朝鮮人慰安婦は多かったが、絶対的多数を占めるにはいたっていないということです。日本人慰安婦も多かったと言えます。

民族比について否定しているのは、朝鮮出身者が絶対的多数だという主張に対してのみ。もちろん、ひとつの資料にもとづいただけの約40%という比率を絶対視しているわけではない。当該ページで示されている資料は、あくまで1年という期間、台湾経由で中国へ移送された場合にかぎられており、その2000人にも満たない民族構成を全体へ安易に適用はできない。
さらに当該ページで各研究者の推計数をならべた表には蘇智良教授の名前もあり、36万人から41万人という総数が出されている。そこに40%をかければ、10万人以上という推計は出てくる。先述したように、あくまで推計に推計をかけた数字にすぎないが。


ちなみに吉見教授は、日中戦争時の性病感染資料から8000人以上の民族構成比を引いて朝鮮出身者を50%と推計したり*2、南京における性病検診資料から中国出身者が過去に考えられたより多い可能性を指摘したりしている。前者の資料を20万人という総数推計にあてはめれば、ちょうど約10万人という推計が出てくる。さらに吉見教授は、戦線が拡大するにつれて現地の慰安婦が内地より好まれていったという証言も引き、正確な民族構成比の推計が難しいことも指摘していた*3
なお、その性病感染率の資料を民族構成比の推計に用いる手法は、アジア女性基金サイトにおかれた和田春樹論文*4において「強引」と指摘されてもいる*5。一方で、和田論文には前後して各地域の民族構成比資料が示されているが、その比率は地域ごとに大きく異なっており、やはり一部資料を全体に適用するには慎重であるべきことがわかる。
逆に、中国大陸に限った性病感染資料においてすら、朝鮮人慰安婦が4000人以上いることが前掲の和田論文や吉見著作で指摘されている*6。秦推計の下限に40%をかけて出された8000人という数字は、断片的な人数資料を積算して考えても、いささか少なすぎるのではなかろうか。
それどころか産経記事で「詳細かつ実証的」と評されている秦著作は、推計手法そのものに明らかな問題がある。永井和教授の指摘を紹介しよう。
秦郁彦氏の慰安婦数推計法の誤謬について(1):注記を追加 - 永井和の日記 - 従軍慰安婦問題を論じる

第二の誤りは、「(3000万の遊客に三業の婦女約20万で150対1)」という計算で得られた数値(150対1)で、日本軍の実数250万人を割って慰安婦の人数を求める操作が、統計的には意味をもたないという点です。なぜなら、この操作は「延人数」と「実人数」を混同しているからです。

 「三業の婦女約20万」というのは、警察に「芸妓」「酌婦」「娼妓」の営業登録をした女性の数ですから、これは「実人数」を示します。正確に言えば、1937年なら1937年末の時点での登録者数を示す数字です。

 いっぽう、「遊客3000万」というのは、利用者数ですので、こちらは「延人数」です。その年において接客サービスを利用して支払いをした人間の総数であって、利用した客の「実人数」ではありません。この数字が「延人数」であることは、前記の秦氏の表「戦前期の内地公娼関係統計」(『慰安婦と戦場の性』30頁)にも、そう明記されています。

つまり兵士150人につき慰安婦1人という比率は、利用客数と利用回数を混同して出されていたものだ。他の推計と比べて大きな乖離はないとはいえ、他の推計を否定できる絶対的な根拠としてあつかえないことは明らかだ。


産経記事は、当該ページに出てくる程度の数字しか反証として出していない。手軽に見つけられる範囲の知識にもとづいて疑問をおぼえたなら、自身の勉強不足を疑ってしかるべきだろう。
それどころか、記事を書いた加藤達也記者は当該ページしか資料を読んでいないのではないかと、私は疑っている。
まず、吉見著作において秦著作をひきながら説明している交代率は、下記のとおり*7

慰安婦がまったく入れ替わらなかったとして六万、一・五交代したとして九万とする(『昭和史の謎を追う』下巻)。

問題は交代率をどう考えるかであろう。まったく交代がなかったとするのは非現実的である。死亡、自殺、逃亡、病気、戦火に巻き込まれての死傷、契約期限満了による帰国など、交代はかなり激しかったと推定される。

つまり9万人という秦説も、5万人から20万人という吉見説も、慰安所制度が存在していた1931年から1945年までの、のべ人数の推計なのだ。
対して産経記事から交代率についての説明を再引用すると、下記のとおり。なぜか交代率を予備人数を考慮したものととらえている。

慰安婦の休日のための予備人員の係数(交代率)から1・5倍の人数を要したとの推計を前提に、慰安婦の総数を約9万人とした。

当該ページから交代率の説明を引くと、下記のとおり。よく読めばわかるが、ここで慰安婦の休日は交代率と関係がない。

問題はパラメーターと交代率の取り方であることは明らかです。「兵100人女1名慰安隊ヲ輸入」という言葉が金原メモに見える昭和14年4月の上海第21軍軍医部長の報告にあります(上海第21軍軍医部長報告 金原節三資料摘録より)。この数字を基準に考えれば、兵士100人当たり慰安婦1人ということは、兵士が毎月1回慰安所にいくとしたら、慰安婦は日に5人を相手にして、月平均10日は休んでいるという状態です。

まず兵士100人が月1度ずつと仮定し、利用回数が30日で100回。次に慰安婦が1日5回ずつ相手すると仮定し、20日かけて100回が終わり、残った10日が休日。つまり、ただ兵士100人につき慰安婦1人という基準から、机上の計算をおこなっただけ。兵士が利用した日数と、休日を加えた日数が1.5倍の比率になっているのは、ただの偶然だ。
当該ページには前後して「この場合に交代率、帰還による入れ替りの度合いが考慮に入れられます」という説明もあるのだが、研究者の推計をならべた表をはさんでいるため読み落としたか、読点をはさんでいるため「交代率」と「入れ替りの度合い」を違うものと誤読したのだろう。
いずれにせよ交代率について、予備人数をふくめた推計と考えるのは、今回の産経記事くらいでしか見たことがない。アジア女性基金の当該ページしか加藤記者が読んでおらず、何らかの誤解をしたのではないかと疑うに充分な根拠といえるだろう。

*1:以下、当該ページと略す。

*2:従軍慰安婦』82頁。国籍不明者を除いていることや、もともと狭義の慰安婦だけを記録した資料ではないことから、これも正確な全体像を把握するには不十分と留保されている。

*3:前掲書84頁。

*4:http://www.awf.or.jp/pdf/0062_p007_031.pdf

*5:前掲論文19頁。

*6:前掲論文19頁、前掲書82頁。ただし、同一資料にもとづきながらも、それぞれの算出した人数は小異がある。もともと兵士側の視点にたった統計ということもあってか、慰安婦側の国籍不詳者数が多いのだ。

*7:前掲書78〜79頁。