法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『NHKプレミアム10』手塚治虫 漫画 音楽 そして人生

手塚治虫と音楽の関係に注目したドキュメンタリー。
NHKがBSで連続放映する手塚治虫番組『手塚治虫2009』の、試験版といった印象。


まず、実際に作品主題歌を評する場面は踏み込みが甘い。同時期のアニメ音楽状況について言及されないし、タイアップでしかない主題歌を持ち上げたりして、ただの広報番組としか見えない。
たとえばNHK総合のTVアニメ『火の鳥』から紹介するなら、中島美嘉のタイアップED主題歌より、チャイコフスキー「悲愴」を用いたOPがふさわしかっただろう。先に手塚治虫クラシック音楽の関係を語ったくらいなのだから。映像表現としても、ほとんど静止画だったEDより、世界観を象徴的に見せるOPが面白かったものだ。
他、手塚治虫作品と音楽をコラボしたという手塚眞作品も、あまり面白いとは思えなかった*1。名作曲家が手がけた作品は別として、手塚治虫と関係した音楽は、必ずしも素晴らしい内容ばかりではないという印象だ。
番組最後に手塚治虫が歌った『鉄腕アトム』主題歌も上手とはいいがたかったし、どうも番組が持ち上げているわりに、音楽に対して手塚治虫は片思いをしていただけではないか、と思った。アニメに対して片思いしていたのと同じように。


しかし宝塚歌劇団との関係や、手塚治虫マンガで描かれた音楽描写、アニメや映画の劇伴を手がけたりした音楽家の証言は興味深い。
特に、三枝成彰氏が指摘した、芸術家と職人の差違が面白い。三枝氏によると、手塚治虫が愛しマンガ化までしたベートーベンこそ、作曲を芸術にまで高めた最初の人という。モーツァルトらは、その場の人々を楽しませるために作曲していた。しかしベートーベンは、初めて楽譜に作品番号を振った。後世に残して後々まで人々を楽しませるためだ。ベートーベンは、残したくないような作品には作品番号を振らなかったという。つまり逆にいうと、作品を残す意識があってこそ、残すつもりのない作品は区別するということ。
番組では語られなかったが、手塚治虫は多作で、それこそ同時代の読者を楽しませるだけの職人的な作品も多かった。誤った描写への批判に応じ、手塚治虫自ら封印した作品もある。幾度となく修正が加わり、当初の原型をとどめない作品も多い。
表現を捨てることは、必ずしも作品を制約するわけではない。むしろ全体で見れば作品の価値を高めることもある。そのようなことを考えさせられた。

*1:手塚眞の他作品は嫌いではないどころか、けっこう評価している。