法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『千夜一夜物語』

アラビアンナイトを題材とした、手塚治虫総指揮による長編アニメ映画。原作では異なる主人公のエピソードをつなぎあわせ、「アルディン」という男の栄枯盛衰にしたてあげた。
1969年の虫プロダクション制作作品。GYAO!で無料配信していたのを機会に視聴した。
手塚治虫の『千夜一夜物語』や、『翠星のガルガンティア』等が無料配信 - 法華狼の日記


映像作品としては、背景に実写をとりいれているところが見どころ。ミニチュアセットでアラブの街を描いたり、実写の海面に手描きセル画の船を浮かべたり、正直いって映像の統一感は損なわれているが、たしかに楽しい試みではあった。ミニチュアのクオリティが地味に高い。
一方でアニメとして純粋に評価すると、あまり質が良いとはいいがたい。からみあう男女を、腕から肉体へメタモルフォーゼする作画で表現した場面だけは面白かったが、ほぼ1カットなのに長すぎてバランスが悪い。手塚治虫の趣味的な表現欲が出たといった感じ。さすがにクライマックスの都市崩壊は手間をかけているが、これも期待を超えるほどではない。


物語としては、良くも悪くも長編の手塚マンガを思わせる構成。次から次へとイベントが起こってはキャラクターが入退場し、長い時を描いて人生のむなしさを表現する。それなりに刺激的な場面が続くので見ていられるものの、全体を通した物語としては起伏が足りない。娯楽活劇やファンタジー作品というより、艶笑譚を延々と見せられたという印象が残った。
このような物語にするなら、原作通り、語り部の女性がエピソードを語っていくオムニバス形式にするべきだったと思う。起伏の少ない物語でもオムニバスなら問題ないし、さまざまな手法を用いたい手塚治虫の表現欲も満たせただろう。趣味的に創作するなら、徹底しないと。


ちなみに手塚治虫公式サイトでは、世界市場を視野に入れた作品だったからこその反省が語られている。
千夜一夜物語|アニメ|手塚治虫 TEZUKA OSAMU OFFICIAL

主人公の顔もフランス人俳優ジャン・ポール・ベルモンドに似せたり、音楽もロックを多用したりとワールド・マーケットを強く意識した作りですが、結果としてその試みはいろいろな教訓を得る機会となりました。絵や音楽は高く評価されましたが、主人公はイスラム教徒なのに豚肉を食べたり、ワインを飲んだりする、といった基本的な生活習慣の描き方が受け入れられなかったようです。

他にも反省点はあるだろうと思いつつ、これはこれで重要な部分ではある。