法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

宮崎作品をダシにして、うまいメシのアニメ史を語ってみる

http://d.hatena.ne.jp/m_tamasaka/20080917/1221652602

「人間は何を食べてきたか」はタイトルの通りさまざまな食材の原点を追うことで、食物と人間の関係を浮き上がらせるドキュメンタリーです。その中には日本人が魚をさばくように鮮やかに豚を解体してソーセージを作るドイツの人や、朝昼晩毎日同じパンとベーコンとピクルスだけを食べ続けるオーストリアの農家など、平均的な日本人とはかけはなれた食生活を送っている人がたくさん登場します。

宮崎駿監督はこの番組をテレビでみてショックを受け、日本中の人がこれをみるべきだと思い、権利を買い取って商品化したと言われています。

さて。このように食に対して強いこだわりがあるように見える宮崎監督ですが、おもしろいことに日々の食事は非常にシンプルであると言われています。

顔の造作がはっきりしているので、顔写真や座った映像からはわかりにくいが、今の宮崎監督は相当に痩せている。大食漢といった様子では全くない。若いころは骨太で濃く、ふけた顔立ちだったため、逆に現在では年齢より若々しく見えているのかもしれない。
たとえば『プロフェッショナル 仕事の流儀』に代表されるNHKのドキュメンタリーでは、公式な記者会見などでは見られない、素に近い老いた宮崎監督が見られた。自身が調理する食事も実際に素朴で、鈴木プロデューサーの発言は嘘ではないとわかる。かなり簡素な内容で量も少なかった。もっとも、自ら厨房に立つということは嫌いな食べ物を口にしないわけだろうし、調理場面を演出する参考になっていることだろう。


そもそも、「食に対して強いこだわりがあるように見える」と考えられがちだが、宮崎アニメの食事は素材を活かした素朴なものが多い。
アルプスの少女ハイジ』の山羊乳で作ったチーズは焼いただけ。『ルパン三世カリオストロの城』のスパゲッティパスタは、ケチャップで味付けされただけで、特に風変わりな具材が入っているようではない。『名探偵ホームズ』のサンドウィッチも、多くの食材を切って重ねるだけ。『天空の城ラピュタ』なんて、ナイフに刺した丸ごとハムを食いちぎったり、パンに目玉焼きを乗せるのみという単純さだ。手がこんでいるといえるのは、せいぜい近年の『千と千尋の神隠し』に出てきた春巻きくらいではないだろうか*1
宮崎アニメは、手の込んだ料理を避けている。たとえ描写されていても印象に残らないという傾向があるようだ。おそらく、質感や細部描写に制約が大きいアニメでは、複雑な料理や食材を描くのは難しいのだろう。宮崎駿の技量で単純な料理を美味そうに見せるのではなく、単純な料理を見せるからこそ美味そうに見えるのではないだろうか。
形状や色彩が複雑な料理は、静止画でリアルに描き込むはできても、いざキャラクターに食事させようとすると動かしにくい。『RD潜脳調査室』第25話*2Bパート冒頭で手の込んだ料理をふるまう場面があるが、一枚絵や咀嚼するカットばかりだ。Aパートでは比較的シンプルなマリナーラソースパスタをがんばって動かしているのだが。
つまり、絵になる料理を適切に選択していることが、宮崎アニメのメシが美味しそうな一因と考えていいのではないだろうか。逆に、美味しそうな料理を描写するため豪華な料理を工夫なく絵にするようなアニメで、食事が美味しく見えない理由とも考えられる。重箱を開けたら料理がキラキラ輝くなどという演出は、「美味しそう」「豪華そう」という記号にすぎず、観客の実感にうったえかけることはない。
豪華な食事より、素朴な料理がアニメでは美味しそうに見える。次はもう少しふみこんで、印象的だったアニメの食事風景を思い出しながら、つらつら絵になる料理を考えてみる。


まず思い出したのが『ドラミ&ドラえもんズ ロボット学校七不思議!?』に出てくるドラ焼きだ*3
中盤で、ドラミが男のためドラ焼きを作る場面が、驚くほどよくできている。鉄板にクリーム色の生地を流し込み、じんわりと茶色くなるまで焼きあげ。焼きあがったら、ぐつぐつ煮こまれ照り映えるアズキ餡を流し、柔らかい動きではさむ……男の空腹ぶりが直前に描写されていたこともあり、実に美味そうだった。男が勝手に個性的すぎる味付けをするギャグへ展開するため、美味しそうな描写は物語上でも必須だった。
なぜ美味しそうな調理描写だったか考えると、やはりアニメで絵になる描写にしぼっていたからだろう。動く流体や色の変化は、アニメが最も得意とするところだ*4。照り映えも、ハイライトをさして質感を生む日本アニメらしい描写。温かい料理ならではの白い湯気も、戦闘アニメの爆発や演出で煙作画が手馴れているアニメーターは多い。しかも単色に近い彩色でも質感を出すことができ、形状も簡単。
生地を焼き上げる場面では、色合いにグラデーションをつけるブラシという技法を用いて、焦げ目の縁を柔らかく描き、柔らかいスポンジ状の質感を感じさせているところも注目。単純な作画に一手間加えることで、ぐっと実感ある映像に変わる。
原作の存在を抜きにして考えても、ドラ焼きはアニメ向きの料理法なのかもしれない。ちなみに米谷良知監督は後の映画『ザ☆ドラえもんズ おかしなお菓子なオカシナナ?』でも、ドラ焼きの調理を印象的に演出している。


次に思い出したのが映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』で、野原ひろしの回想に出てくるビール。
酒を嗜まない人間から見ても、旨そうに感じるビールだった。こちらは単体で見ると、さほどよくできているわけではない。特に、同時に並ぶ肴はさほど美味しそうに感じなかった。
今回は、直前の場面との対比が要点だ。仕事から帰って熱そうな風呂に入って湯船から水をあふれさせ、リラックスした状態でビールを一気に飲む。さらに少し前には暑い季節、アスファルトから昇る熱気で画面がゆらぐほどの道路を営業に歩き回る姿も描かれている。暑い後に冷たい飲み物という対比が、酒を飲まない観客にも感覚的に理解させる。そう、この作品は子供向け映画でもある。だから、ビールを飲むのと同時にしんのすけが冷たいジュースを飲むギャグも、観客にわかりにくい感覚を伝える意味がある。
流し込むようにビールを飲むところも重要だろう。丸く開いた口に、傾けたジョッキからビールが流れていく。シンプルな描線だが、液体が流れ込む様子として立体的にアニメートされている。この映画にはもう一つ印象的な食事として、菓子を野原ひろしがむさぼり食う場面がある。口いっぱいにチョコビ*5をほおばり、ジュースで流し込む……美味しそうとは少し違う、『千と千尋の神隠し』の春巻きと酷似した場面だが、暴食にオチをつけることで一種の開放感がある。
思い出してみると、『天空の城ラピュタ』でも、わざわざ乗せた目玉焼きだけをすするようにして、あまりパンごと噛んではいなかった*6。アニメにおいては、食べ物を噛まないという一種不健康な食事でこそ食欲がそそられる。何度も噛んでいると必ずしも美味そうに見えないからだろう。ふくらんだほおが噛むたびにちぢんでいくような描写でないと、あたかも不味くて飲み込みたくないかように見えてしまうのだ。
そしてこれらの場面は下手に実写で描写すると、飲み込んでいることがわかりにくいか、汚らしく見えてしまうだろう。


最後に思い出したのが*7交響詩エウレカセブン』第1話のハンバーグ*8
ファミリーレストランのランチであり、おそらく美食家の舌は満足させられないだろう。しかし、ただ一人の家族である祖父から少年が食べさせてもらう料理としては、充分に豪華だ。
今まで語ってきたことと反するようだが、今回のランチは止め絵で描き込まれている。中心の鉄板に置かれたハンバーグだけでなく、エビフライ等のつけあわせまでぎっしり盛られていて、いかにも「男の子」が好む料理だ。しかしただの一枚絵ではなく、アニメらしく動く部分がある。それはハンバーグを乗せた鉄板の熱い油、立ち昇る湯気だ。料理をアニメとして動かせないなら、その周囲を動かせばいい。
熱い鉄板に乗せた料理独特の食欲をそそる音を出していることも重要だ。ほぼ映像の全てが作り物である*9アニメにおいて、実写と共有できる数少ない部分が音響だ。声優の演技を除き、どれだけデフォルメされたデザインであっても音響は実写と同じでも違和感が出にくい。
たとえば『ハウルの動く城』でベーコンを焼く場面もそうだが、料理内容そのものは絵にしづらくても、鉄板で焼く料理は油のはねかたなどで美味そうに描写できる。食欲をそそる音をたてる料理という点でもアニメに向いている。


個人的な嗜好で、あまりグルメアニメは見ないので、一般的なアニメばかりになった。しかしこれも、豪華な料理が多いグルメアニメでは、複雑で微妙な美味しさを表現しなければならないためかもしれない。
美味な料理を食べて口から光を発するような過剰なリアクションは、美味しいことを表現する演出であっても、やはり観客の実感にうったえかけることはない。


ここで簡単にまとめてみる。
料理は必ずしも豪華である必要はない。見なれた食材を、原型を残す程度に調理する。アニメ絵を見て味が想像しやすいことが重要。
調理中に溶けたりして、形や色が変化する料理も描写の幅が広がる。焼き目は裏側につくことが多いので、案外と絵にならない。
料理中に音が出ることはもちろん、食事する時にも音が出る料理が素晴らしい。
食べる前、登場人物に感情移入させることは当然として。登場人物の年齢や立場といった細部まで詰め、その料理を食べたくなるように感情移入させてほしい。
食べる描写は、噛む時間も惜しむように食べることが重要。噛むとしても、せいぜい回数は2〜3度だろう。麺類ならすする描写が使える。食いちぎったり飲み込んだり、きちんと料理が口の中に入っているよう見える作画をすること。
具体的には、バターを乗せて焼く餅や、鉄板から直接取るヤキソバ等が、アニメで美味そうに演出しやすい料理なのではないか、と思う。


もっとも、これまで書いてきたことと矛盾するようだが、確立された技法へ安易に乗るだけでは表現とはいえない。本当に良い作品とは、法則や定石からはみだしたところを多分に持っているものだと思う。
先人の残した技法を消化吸収した上で、独自の食事表現が出てくることを期待したい。

*1:しかし無人の店に残された料理だったため、調理の場面は描かれない。しかもメイキングドキュメンタリーを見る限りでは若手アニメーターの裁量に大きく任されていて、そのアニメーターは春巻きを買ってきて参考にしていた。印象的な場面であるが、宮崎アニメで特筆するほど美味しそうな場面かというと違う気もする。

*2:来週水曜日までGYAOで無料配信中。

*3:ネット上で適切な資料が見つからなかったが、傑作なので興味がわいたら目を通してほしい。

*4:アルプスの少女ハイジ』での、火にあぶって黄色くとろけるチーズを思い出す人もいるだろう。

*5:クレヨンしんちゃん』作中に登場する人気の高い菓子。

*6:現実的に考えると、パンに乗せた意味があまりない。焼く際の油をパンが吸い取るくらいの違いだろう。

*7:正確には別の鉄板料理を先に思い出したのだが、記憶に該当する作品を見つけられないので、類似描写のある作品を出す。

*8:バンダイチャンネルの一話無料配信で確認できる。

*9:まれに実写を取り込んだ作品もあるが、通常のアニメパートとの違和感が大きい。