法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ボトルネック』米澤穂信著

自分が生まれていない並行世界に落ちた主人公が、恋人が死んだ謎を追う話……という要約は、少しばかり誤りかもしれない。ともかく、主人公の世界と並行世界との齟齬が推理の糸口となる、特異設定を導入するタイプのミステリ。
一つ一つはたあいもない「日常の謎*1を解いていきながら、徐々に主人公のアイデンティティがゆるがされていく。そして一つの「悪意」が解明され、一方で主人公の存在理由が問われる結末へなだれこむ。
主人公が空虚で恋人も相当に病んでいる一方、並行世界の親族や生きている恋人が魅力的に描かれている対比も、キャラクター小説として楽しめる。
以下、ややネタバレをふくむ結末までの感想。


恋人の死はミステリでありきたりな真相であり、よく書けてはいるが驚きはない。
それよりも、主人公が並行世界に送られた理由に真の驚きがある。まず、名探偵が活躍するほど助手をつとめる主人公の生きる意味が失われていく構成だけでも巧みなのに、さらに深い真相が待っており、後味は苦さだけではない。
だから、SF的でこそないが、特異設定が存在する経緯はきちんと小説内で描かれ、それが主人公のドラマと直結している。キャラクター小説としての楽しみまでミステリ展開へ収束する手際も見事。

*1:殺人等の大きな犯罪ではなく、日常のちょっとした不可解な出来事や、せいぜい軽犯罪程度の謎を解くような形式のミステリ。