法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『GOSICK -ゴシック-』/『GOSICK II -ゴシック・その罪は名もなき-』/『GOSICK III -ゴシック・青い薔薇の下で-』/『GOSICK IV -ゴシック・愚者を代弁せよ-』/『GOSICK V -ゴシック・ベルゼブブの頭蓋-』/『GOSICK VI -ゴシック・仮面舞踏会の夜-』桜庭一樹著

GOSICK』長編シリーズで刊行されている全作品を読了。


第一次世界大戦終結し、わずかな平和を謳歌するヨーロッパの架空小国を舞台とした本格ミステリ。高い塔の上に住む少女と、極東の国から留学してきた少年が衝突しながら、暗い時代が背景に隠された様々な事件を直視し、不器用に真相を明らかにしていく。
いささか名が体を表さないまま消えた富士見ミステリー文庫というレーベルから刊行されていたが、著者の直木賞受賞にあわせて角川文庫で再刊された。現在、BONES制作によるTVアニメ企画も進行中。
http://www.gosick.tv/


まず印象に残ったのは、短い期間を描いたシリーズながら、驚くほどバラエティに富んだ本格ミステリとして楽しめるところ。
GOSICK -ゴシック-』の豪華客船を舞台としたデスゲーム*1に始まり、『GOSICK II』は交通遮断された村が舞台のクローズドサークル*2、『GOSICK III』は近代的な都会を舞台とした都市伝説*3、『GOSICK IV』は過去の錬金術師を追う伝奇ミステリ*4、『GOSICK V』はシリーズを貫く巨大な謎と戦争に関わる大仕掛けな館物*5、『GOSICK VI』は列車を舞台としつつゲストキャラクターの視点で描かれた記述ミステリとしての面白味もある*6本格ミステリ内の様々なジャンルを横断することで、冒険譚として見てもジャンルが広がっている。
さすがに個々で見ると質も量もライトノベルらしい薄さだが、それは重たい主題でも飲み込みやすいという長所でもある。トリックは古典を改良したものがほとんどで、緻密な推理のかわりに主人公の幻想的な由来が解決編の真実性を担保するが、結果としてテンポの良さにも繋がっており、アニメ化もしやすいだろう。いささか本格ミステリらしさが薄い作品か、本格ミステリらしい代わりにライトノベルらしさがない作品ばかりだった富士見ミステリー文庫において、最もレーベルの良さを引き出していたのではないだろうか*7


小さな謎と簡単な解決を序盤に描いて興味を引きつつ、その小さな謎が事件全体の伏線になるという作品フォーマットもよくできている。謎で密室殺人や消失劇という古典ミステリらしさを出しつつ、方向性を広げていくわけだ。
どれも真相は単純で当てることも難しくないが、解決編を通過することで物語全体の奥行きが深まり、ミステリとしての構造が小説へ奉仕している。複雑な経緯を説明することに手間どって真相開示がもたつくこともなく、盲点をつくことで事件に対する固定観念をくつがえし、意外性を出しつつ社会性にも目配りする。
戦争を背景にした人権抑圧、前時代な共同体の閉塞感、マイノリティへの蔑視、発達する現代文明と過去文化の衝突、といった社会問題が動機に組み込まれることで、ジュブナイルらしく主人公の知見を広げていく。社会性は同時に動機の重さを裏づけ、リアリティのないトリックが使用されることへの説得力も増す。


しかし、様々な社会問題を扱っているだけに、色々な意味で映像化が難しそうな描写も多い。
GOSICK III』は現在も語られる都市伝説を調理せず物語化しており、真相へ見当をつけやすいし、関係業界からの懸念も出そうだ。『GOSICK IV』も現在に残る問題がトリックと密接に関わっており、時代ミステリらしい寓話性高い語り口でないとリアリティが完全に消えそうな上、安易に差別問題を娯楽化したという批判もありうるだろう。外見に特徴のある架空民族が主人公の背景として登場したり、精神の病をわずらったらしき人も出てくる。未読の短編集は社会性が薄いエピソードが多いそうだから、主に短編からアニメ化されていくのかもしれない。
あと、主人公の特徴として少女らしからぬしわがれた声という設定描写があるのだが、その原因が喫煙習慣にあるとすれば、これもアニメでは関連する描写が全て消される可能性も高そうだ。

*1:バトル・ロワイアル』『クリムゾンの迷宮』『CUBE』『インシテミル』といった作品に代表される、一定のルールのもとで人命をかけたゲームへキャラクターが放り込まれる、物語の1ジャンル。ゲーム開催の動機設定が難しく、せいぜい全体主義国家の圧政として描かれるくらいだが、この作品におけるデスゲームの開催理由は時代性を考慮して一定の説得力を感じた。デスゲーム小説としてはサバイバル描写が甘く、早々にサブキャラクターが大量死するため誰が死ぬか予想困難という緊迫感も足りないが。

*2:密室殺人はさりげなく犯人を隠していた。

*3:真相が割れやすいというか、謎が謎として機能していない。都市伝説ネタということは最後まで隠すべきだったと思う。

*4:後述するように映像的なリアリティには欠けるが、錬金術師が成立しうる状況設定のシンプルさは素晴らしい。

*5:冒頭で描かれた大戦時の怪異から、現代の不可能状況事件にいたるまで、古典的な手品趣味にあふれている。しかし、トリックを知っていてこそキャラクターの行動や関係性に衝撃を受けるので、瑕疵とは感じられない。

*6:しかし記述ミステリとしての効果は、一般的な叙述トリックと比べるまでもなく弱い。毒殺トリックもあからさま。どちらかというとサブの事件がトリックの存在自体をうまく隠していて満足させてくれた。

*7:戦前日本を舞台とした『平井骸惚此中ニ有リ』シリーズも本格ミステリ趣味にあふれた佳作。ただしヨーロッパらしい派手な風景が描かれる『GOSICK』と比べて主人公の活動範囲が狭くて事件の派手さも薄く、推理やトリックにこっているためアニメ化しても映えなさそうだ。キャラクター小説としては、あまりキャラクターの内面に踏み込まない『GOSICK』より受けが良さそうだと思うのだが。