法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

平等的死刑適用法

朝日新聞』コラムの素粒子が色々と物議をかもしている。
http://d.hatena.ne.jp/Prodigal_Son/20080620/1213939832
風刺としての良し悪し以前に、直裁すぎる風刺でつまらないという評が多い。
しかし考えてみれば、もともと幅広い層の人々が読む大新聞であり、難解にひねった風刺では、今よりも誤読される危険が高い。社風からして、優等生が発する冗談が面白くないようなものとして受けとめるべきという気もする*1
こういってはなんだが、つまらないことは最初から覚悟して素粒子を読むべきなのではないだろうか。もちろん、いしいひさいち作品は面白さを期待してもいいと思うが。


さて、死刑廃止論者も死刑存置論者も、架空の条件を付加した死刑が考察されることがある。死刑執行人を特定の人物にさせる、執行方法に特異な過程を踏ませる、といった死刑の過程に付加する条件が多いと思う。
死刑執行については、日本国憲法第一条で立ち位置が決められている人々が刑事事件を起こした際の法的な取扱いに関する文章を読んだばかりなので、「彼」が執行を担当するなら「死に神」と呼ばれうるな、などと考えてしまった*2


そして、死刑の過程とは別の視点から考えている架空条件が一つある。
人を殺したことに対する罰として死刑がある、と主張する死刑存置論者がいる。ならば死刑判決が冤罪*3だった時、罰として死刑存置論者を全て死刑にすればどうだろう。もちろん、裁判官も、検察官も、法務大臣も、死刑を執行する刑務官も、全て死刑だ。
全ての人が、等しく人を殺す罪から逃れられないという、実に民主的で平等な法律だ。


現在、日本では約八割の人々が死刑存置論者とされる。平等的死刑適用法を取り入れれば、おそらく死刑存置論者の人口比は下がる。死刑を求刑する検察官や、死刑判決を出す裁判官も減るに違いない。
しかし、平等的死刑適用法があれば死刑が無くなるかといえば、必ずしもそうは思わない。死刑判決は出て、死刑も粛々と執行される。もし裁判中から死刑執行後に冤罪という証拠が出たら、もみけされる。いや、国民の大多数が死刑存置論者である限り、明らかな冤罪でも死刑判決は支持され続け、真犯人の存在が放置されるだけかもしれない。実際に罪を犯したかはほとんど関係なく応報感情を満たす生け贄*4として死刑囚が存在する、ディストピアの誕生だ。
あるいは、死刑存置論者の覚悟が変わる。万に一つの冤罪もないように、凶悪犯罪の捜査へ積極的に協力する。検察官や裁判官も全く手を抜かず、現在よりも厳密に死刑を適用しようとするだろう。親しい死刑存置論者が冤罪によって死なないよう、真犯人が名乗り出ることも増えるかもしれない。異文明SFを得意とする小説家ならば、平等的死刑適用法で構築された倫理観が異なる社会を完璧なSFとして提示できるのではないか*5
逆に、死刑廃止論者も無関係ではいられない。死刑制度は、あくまで社会生活を営む上で関わる様々な出来事の一つにすぎない。死刑廃止論者が死刑存置論者の死を願うほど対立することもないだろう。死刑判決が出るまでは徹底的に抗うだろうが、いざ死刑判決が出れば冤罪の可能性を追求しなくなるのが自然だ。過激な死刑廃止論者は、あえて冤罪で死刑判決が出るような工作をするかもしれない。
周囲を巻き込むように殺す自殺志願者は、逆に罪を犯さずに犯したかのような工作をして死刑判決を受け、日本全国に広がる多数の死刑存置論者を間接的に殺そうとするかもしれない。犯行現場にいたのにいなかったように装うのではなく、犯行現場にいなかったのにいたように装うアリバイ工作がされたりするわけだ。
さらには、特定人物へ容疑を押しつけるように犯行形態が変化したり*6、諸外国との関係*7、宗教観といった諸々も変わってくるだろう。


死刑問題に限らず、架空条件の想像は導きたい結論を出すための土台に過ぎないことが多い。だから可能な限り多種多様な想像を試みた……物語の趣味嗜好がため、いかんせん話として面白い極論を求めてしまっている点は反省しておく。

*1:優等生の冗談が常につまらないという話ではないが。

*2:真面目な話、裁判員制度で選ばれるかどうか規定されているのだろうか。

*3:罰が与えられるべき罪であっても死刑には当たらない、という形の冤罪もふくむ。

*4:そういえば、そもそも生け贄こそが、災害や事故とは無関係な存在に責任を負わせる前時代的な機構だ。

*5:平等的死刑適用法という陳腐なアイデアでは書く気は起こらないだろうが、能力的に可能だろうと思う。案外、すでにグレッグ=イーガンあたりが似たようなアイデアをずっと突き詰めてSFに仕立てているかもしれない。

*6:普通なら容疑を不特定にする方が捜査から逃れやすい。

*7:今以上の白眼視。