法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ETV特集』石ノ森章太郎・サイボーグ009を作った男

ライフワークは必ずしも作者の最高傑作ではない。手塚治虫の『火の鳥』しかり、栗本薫の『グイン・サーガ』しかり。作者の成長や衰え、発表媒体の変化で、ひと繋がりの物語としては一貫性に欠ける長大単調な作品になりがちだ。個々の一編に光るものがあっても、全体で評価するならば同作者の別作品にずっと完成度の高い物があることも多い。何より、作者が作品より先に限界を迎えて未完のまま途絶することが少なくない。
ライフワークと呼ばれる作品群は、どちらかといえば単体の価値より、時代の変化や巨匠の思想といった、とりまく環境をふくめて楽しむべき物なのだろう。


この番組で取り上げられる『サイボーグ009』もまた、執筆にいたる経緯と、未完のまま終わった「天使編」や不完全燃焼だった「神々との戦い編」が注目される。膨大な作者メモや未完の小説が紹介され*1、物語に決着をつけきれないでいた石森章太郎の苦悩として受け止められる。
わりと堅実にまとめる手塚治虫などと違い、石森章太郎は結末を投げっぱなす傾向が強いが、番組でも紹介されたように『サイボーグ009』はいったん「地底帝国・ヨミ編」でマンガ史上に残る完璧な結末を迎えている*2
その後に、読者の要望に応えて復活した『サイボーグ009』で、何が「天使編」の完結を妨げたのか。平井和正原作『幻魔大戦』で精神世界を描いたことにも言及はされるが、番組では誰も明確な答えを出さない。


各識者からコメントを取りにいく精神科医名越康文氏は、宗教的な、精神世界の側面から作品を読んでいく。
石森と同世代な解剖学者の養老孟司氏は、神話的存在がロボットにすぎなかったという描写の多さから、幼少期に敗戦を経験したゆえの技術信仰を読み取る。
在日韓国人政治学者の姜尚中氏は、人でなければ機械でもないサイボーグ、その中でも実父から改造された001を軸に、アイデンティティの不完全さを自らに引きつけて読まざるをえない。
漫画家の島本和彦氏や映画プロデューサーのマイケル・ウスラン氏は、コマ割りに見られるマンガ技術の先鋭性、現代に通じる物語感覚を指摘した。
CMなしで、たっぷり一時間半もマンガについて生真面目に読み解いていくという番組姿勢は久々な感があり、見ていて疲れたが面白かった。もちろん『マンガ夜話』等の技術や裏話や批判にふみこんだ番組も楽しいが、斜めにかまえない素直なテーマ読解も悪くない。

*1:アニメの『サイボーグ009』三期は冒頭に映像が紹介されたが、天使編をめぐる話は言及されず。アニメ紹介はあくまで『サイボーグ009』の人気や普遍性を示すものとして使われていた。

*2:黒い幽霊の正体が石森章太郎作品の定番設定だったり、結末が海外SFのいただきだったりもするが、複雑な善悪の関係を娯楽としてまとめ、一個の作品として昇華したことは評価したい。