法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『クローズアップ現代』問われる“表現の自由”〜映画“靖国”の波紋〜

予想された通り、映画にまつわる様々な出来事をまとめるには、30分弱の放映時間では足りない。
それゆえ……映画に対する内容評価、助成金を問題視した『週刊新潮』記事、それを受けた上映会要求、街宣車による映画館への威嚇、ネット等で扇動された抗議電話攻勢、上映中止や延期という対応、代わって名乗りをあげた映画館、各一般向け試写会……と、事態の経緯は部分的に言及するだけで踏み込まない。
出演した刀匠や靖国神社の削除要求問題についても、制作手法に批判があるとふれつつ、結局は削除しなかったと事実を伝えるのみ。


結局、映画内容ではなく、配給や映画館における「表現の自由」問題を主眼とした内容だった。助成金だけを問題にしたという建前に終始した稲田議員インタビューがある一方、李監督が登場せずに配給協力した会社の社長がインタビューされていることが象徴している。
だから、番組は靖国神社のありかたは全く論じないし、映画の内容についてもほとんど評しない。


そうして表現や言論のみの視点と考えると、興味深い話も多かった。
まず番組の中盤で、番組解説者として登場した作家の吉岡忍氏が「今のこの日本の社会にあっては、表現の自由を主張すること自体が、非常に政治的にとらえられがちだと思う」ため、「表現の自由の文脈では語りたくないってのが、ちょっとあるんですね」と語っていたことが印象的。そのため「表現の自由」を映画館に主張させることは政治性が強くなるので避けたいという*1
代わりに吉岡氏が提起したのが、「もめごとを起こしたくない」という「気分」が先にあり、作品を個人的嗜好で提示するだけでなく様々な物を見せるべき「職業人」*2としての意識が欠けているという問題。犯罪が減少した現代日本体感治安が悪化していることを吉岡氏は指摘し、『靖国』をめぐる諸問題には、過剰防衛的な意識があるのではないかと問題提起した*3


配給を決めた広島の映画館は、抗議電話に対するマニュアルを作成*4。逐一の反論をしないことは当然として、反日映画ではないという主張をしないだけでなく、「言論の自由」などもコメントしないという。基本的に警備を固めるだけで、粛々と上映したい考えのようだ。
上映を決めた27館の内、4館が配給会社に対して名前をひかえるよう決めたことも、上映館数こそ増えたが、言論や表現として萎縮を余儀なくされていることも興味深い。いったい上映作品を隠すことで映画館がどのような利益を得るというのか。公開を決めた映画館の住所や電話番号をさらすブログが存在し、抗議が扇動されていることを思うと効果は薄いだろうに、それでも名前を隠すという対応にいたらしめた状況の異常さは注意したい。

*1:念のため、けして吉岡氏は「表現の自由」を軽視しているようではなかった。

*2:ここで吉岡氏は映画館を本屋にたとえている。しかし、むしろ映画『靖国』は本来、館主らの嗜好で上映作品を決定するような映画館向けではないか、という疑問も残った。報道で大きく取り上げられることとなったため、地味なドキュメンタリーから話題作へと立ち位置を変えざるをえなくなった映画、ゆえの“ねじれ”だろうと思うが。

*3:正確には、この吉岡氏の視点はやはり「表現の自由」に関する視点だろう。わずかな忌避感をつくことこそ、一定の自由が建前としてある社会において、表現の自由を萎縮させる効果的な手段ではないかと思う。

*4:先に配給を決めていた映画館が抗議電話の対応に忙殺されたという前振りがある。一つの電話で一時間かかることもあったという。