法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『帝都衛星軌道』島田荘司著

表題作を前後編にわけ、先行して発表された『ジャングルの虫たち』を挟み込んだ長編小説。
おそらくノンシリーズであり、独立して楽しめる。


『ジャングルの虫たち』は傑作と呼びたい犯罪小説。本格ミステリではなく、ちょっとしたコンゲームとすら呼べないほどのケチな詐欺が描かれる。その矮小さが、社会の底辺に存在せざるをえなかった愚か者たちを効果的に演出する。主人公のホームレスが愚鈍ながらも最終的に好感をいだかせる人物で、悲惨なホームレスの悲惨な状況が永続する物語ながら、読後は不思議な爽快感がある。
表題作はキャラクターの動機に伏線がなく、挿入されている『ジャングルの虫たち』にも動機に繋がる描写はない*1。結果的に大長編小説の解決編でいきなり動機の伏線が出る形となる。つまり動機の伏線不足ばかり強調して感じられてしまう。これならば雑誌掲載時のように中編小説として収録した方が良かったと思う。トリックも大長編を支えるだけの力はない。


以下はネタバレをふくむ感想。
表題作の題名は、作品を表現するために全く過不足ない名タイトル。東京ではなく「帝都」と呼ぶことに、格好つけではない大きな意味がある。
距離があっても聞こえ続ける無線というメイントリックは、どう考えてもいずれ警察が気づきそうな簡単なものだ。が、これは途中で犯罪性無しで捜査が打ち切られるため、つじつまはあっている。主人公も情報を得ていないので真相に気づかない伏線はある。……とはいえ、途中でメイントリックと関係ない小説を延々読んだ後のトリックとしては、正直にいって弱すぎた。

*1:トリックの一つに少し関わるだけ。