法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ブラックジャックによろしく』【精神科編】9巻〜13巻

精神病と刑事事件と事件報道をめぐる物語が展開しており、色々と興味深い作品だった。
心神喪失で無罪とされた被告に対してよくある世間からの偏見を逆転させた11巻の展開は、一種のミステリとして面白い。司法の怠惰と、世間の偏見こそが事件を生み出した。
また、被害者遺族の声による厳罰化を主人公に非難させ、遺族の感情は否定されるべきではないと叱責される場面を入れる気配りにも感心した。この作品らしく、様々な立場からの極論ともいえる主張をぶつけあって物語が進むのだが、今編は医者や患者や家族にとどまらない広い社会を舞台としているため、割り切れない問題が通常より多く、それが結果として作品に深みを与えている。


何より、ジョン・レノンになりたい報道人、妖精を待ち続ける統合失調症の少女、少女のピーターパンになろうとした男。それぞれのモチーフが結実し、主人公の物語とも重なるラストが美しい。
一面の見開きの一面の白。そこに、ほんのちいさく書かれた一つの言葉。
無力な者からの、無力な者への、力強い肯定。


恋愛描写で精神病者に聖性を求めるかのような展開があったり、モデルとおぼしき現実の事件との区切りが弱かったり、感動できる物語性が現実との距離を美化で失いかねなかったりと、疑問点もないではない。
それでも、全体としては良く出来ていると感じたし、面白い作品だった。


13巻、「屋上の戦士」と題された章に医師と記者、老いた二人のやりとりがある。

何も
変わりませんか
……?

ある程度
反応が
あった事は
事実です……

ですが
何かが変わったかと言うと……

景色は
昨日と同じ
ままです……

だけど
10年前とは
ちがうはずです……
(中略)
変化を
感じたければ
変わらずに
いる事です……

この先
どこへ
行っても
……

自分が
変わらなければ
それでいい……

やり方は違い、確信犯と非難したことさえある相手と左手で握手し、「同じ未来」を見つめていると、二人は互いに確信した。
……最近、こういう力強い物語を好ましく思えるようになった。