法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

同性愛やオタクへの偏見を主人公が内面化しているWEB連載漫画『篠崎さん気をオタしかに!』が面白い

文武両道のハイスペック少女、篠崎秋菜。中学時代は人気者だったが高校デビューに失敗し、たまたま会話できたオタク少女を人間関係のとっかかりに選ぼうとする。
しかしオタク少女の佐々村楓が見せた素顔のかわいらしさに惚れこみ、いわゆる百合な感情をいだき、いつの間にかオタク趣味に染められていく。それでも篠崎は身近な兄の醜態のせいでオタク趣味へ悪印象をもちつづけ、佐々村を「真人間」にしようとあがきつづけるが……


WEB漫画誌『COMICメテオ』*1に連載中で、単行本2巻目も発売決定。
個性的なのに可愛らしい絵柄、シャープな描線なのに柔らかそうなフォルム、描きこみが多いのに見やすいコマ割りと、マンガ技術そのものも地味に高い。
篠崎さん気をオタしかに! | COMICメテオ
作品そのものはオタク趣味を題材にした漫画として、一見すると珍しい内容ではない。
オタクが社会の偏見と戦う物語や、偏見をもっていた主人公がオタク趣味を理解していくる物語ならば、過去から多く存在していた。オタク同士の同属嫌悪を痛々しく描いたり、オタクが趣味をひたかくしにする物語だって複数ある。オタクを気持ち悪いものとして切り捨てる物語すら、まれによくある。
この作品も、主人公の兄がダメなオタクである状況設定や、友人になろうとした相手がオタクであったため話をあわせようとする発端までは、過去作品のパターンにそっている。むしろオタクへの偏見描写は古臭いくらいだ。


この作品が面白いのは、主人公がオタクや同性愛者であるために周囲と衝突をひきおこしている……わけではないこと。
むしろ主人公が世間の偏見をおそれ、差別意識を内面化しているがため、自分自身の行動をしばって不幸になっている。いずれ成長すれば趣味を捨てなければならないとか、女性が女性に恋愛してはいけないとか、そういう規範を主人公の立場でいったん内面化。それから偏見をライトなコメディで笑い飛ばしているから、主人公が不幸になっている物語なのに、安心して読める。
偏見は人を不幸にするというテーマを主人公の問題点として描いているから、オタク趣味にとどまらない普遍性も持っている。


現実においても、オタク自身が志向の異なるオタク的ふるまいを恥ずかしく思って抑圧することは珍しくない。
ちなみに米国では、ゲイの権力者が性指向を隠してゲイ差別政策をとっていた社会問題が、『クローゼット』というタイトルのドキュメンタリー映画になっている。
ゲイに関する映画も多数!「松嶋×町山 未公開映画祭」 | ゲイのための総合情報サイト g-lad xx(グラァド)

ニューヨーク市長のエド・コッチ。つきあっていた彼氏は、当選後、その存在が不都合になり、ニューヨークを追放され、エイズで亡くなったといいます。オハイオ州上院議員は、同性愛行為をすっぱぬかれたにも関わらず、素知らぬ振りでした。フロリダ現州知事は最悪で、選挙のたびにカモフラージュで女性の恋人を作ってきました。もし彼がクローゼットでなかったら、フロリダが、同性婚が禁止されたばかりか全米で唯一ゲイカップルの養子縁組が禁止される州になることもなかったでしょう。


ただ、今回に更新された第12話は、やや主人公が不幸になりすぎたようにも思う。
主人公が自分で落とし穴にはまるパターンのため、同じ展開で足踏みせざるをえず、連載がつづくと単調になりがち。それを防ごうとして不幸を肥大化させると、それはそれでバランスと世界観が崩れがち。こうなると、そろそろ周囲も気づいて助けてあげてほしいと感じられてくる。
ただ、今回で主人公の古い友人と新しい友人が初めて顔をあわせたし、主人公が周囲にいろいろカミングアウトしそうな気配もある。今のパターンはそろそろ終わらせて、新しい構図にうつるターニングポイントなのかもしれない。

*1:他の連載作品では、米村孝一郎による『星海の紋章』コミカライズを楽しみに読んでいる。緻密な絵柄はそのままに、漫画として見やすくなっている。さすがに作画に手間がかかるのか、ほぼ月刊な他連載と違い、季刊くらいの不定期更新だが。