法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ドライブ・マイ・カー』

 舞台俳優にして演出家の家福悠介には、女優にして脚本家の妻、音がいた。セックスをするたびに音が語る言葉を、悠介が書きとめて脚本とする。音が脚本を読みあげる録音を、悠介は愛車で再生しながら稽古をする。
 二年後、いくつもの意味で音をうしなった悠介は、広島の演劇祭で演出を担当することになった。そこでは主催者が若い女性を運転手として用意していた。交通事故で演劇祭に支障をきたさないためにと説得され、悠介は愛車をまかせるが……


 村上春樹の同名短編小説を原作にした2021年の日本映画。カンヌ映画祭アカデミー賞など、国内外で数々の賞に輝いた。プライム会員向けに無料配信中。

 村上春樹の小説は一作も読んだことがなく、映像化作品もNHKドラマの『バーニング』を視聴したことがあるだけ*1。少し時間がとれたので気軽に視聴した。
 しかし約3時間の尺なのに休憩がない。生理現象が邪魔しないよう準備していたので無事だったが、年齢や体調によっては連続視聴が難しそうだ。


 内容を簡単にまとめると、死者や他人について知りたいという思いを隠している人々が、まずは残された情報をありのまま認めて納得していく回復劇といったところ。妻をうしなった後の主人公が、シナリオの読みあわせにおいて感情をのせずテキストに向きあうよう俳優へ指導したことが、妻に対して自分がとるべき態度として返ってくる。
 あまり好きではないジャンルだったし、エロティックな描写がつづく長いプロローグには閉口したが、登場人物のあいだに緊張感がつづいて撮影もちゃんとしているので、最後まで飽きずに見ることはできた。誤解をおそれずにいえば作中作のシナリオがよくできたジャンプ+読切くらい面白いサスペンスになっていたり*2、本編も演劇を少しずつ完成させていく青春的なドラマに暴力的なスリラーが挿入されたりして、好きなジャンルにひきつけて楽しめたことが大きい。


 ちなみにVFXがけっこう多くクレジットされているので、車内シーンで流れる車窓や自動車の空撮でつかわれているのかと思えば、ラストシーンの駐車場は日本で撮影した素材を韓国の風景に改変しているのだとは気づかなかった。新型コロナ過を印象づける風景があったので、撮影のための越境が可能だったのだろうかと引っかかりをおぼえていたのだが……韓国ユニットもクレジットされているので、最低限のスタッフが渡航したのだろうと思っていた。
 また鑑賞後に知ったが、映画が取材した地点という劇団ではパワハラ問題が告発されており、その告発が和解に反していると劇団側が訴訟を起こしたものの2023年3月に敗訴したとのこと。あくまで取材対象のひとつなので、映画そのものの致命的な問題とまではいえないとは思うが。
【追記あり】演出家の三浦基の劇団・地点が敗訴。元劇団員との和解契約の成立を京都地裁は認めず|Tokyo Art Beat

演出家の三浦基が主宰する京都の劇団・地点(合同会社地点)が、パワーハラスメントを受けて不当解雇されたと主張していた元劇団員Aに対して「両者間で成立していた和解契約に違反し、報道関係者を集めて記者会見を行った」などとして、和解契約の有効性の確認を求めていた訴訟で、京都地裁の平工信鷹裁判長は3月29日、原告の訴えを却下、および棄却した。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:同じ原作者の別短編『シェエラザード』から引いているようだが、映画の後半で語られる展開は原作からおおきく逸脱しているらしく、ジャンル的には映画版が好みに近い。