法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

脱税する経営者と、インボイス反対する経営者とでは、どちらがより「おかしい」だろうか

 それぞれのページで最初にid:wideangle氏がコメントして、おそらく肯定的なはてなスターも複数ついているので、一事例として引用する。
[B! anime] 1億円超脱税「鬼滅の刃」制作会社社長を在宅起訴 - 産経ニュース

wideangle 映画がバカ当たりする前で良かったね……本当に……

[B! *あとで読む] アニメプロデューサー植田益朗さんによる感動的インボイス反対スピーチ→「A-1の社長時に過労自殺を出してる」「搾取の正当化」

wideangle 末端の個人事業主がいうならともかく、何で直接雇うか税額分払うかしなければいけない仕事出す側の経営層が言ってるんだろ、おかしいだろうよ。

 念のため、後者のコメントに対してはid:shinamina氏が下記のように植田益郎氏の現在の立場について指摘している。

shinamina もう大手制作会社や、製作会社から退社してしばらく立ってるフリープロデューサーで実質個人会社だから経営側の代弁ではない。ベテランで活躍してるほどインボイスの弊害関係ないし元々新人のために動いてる人達だが


 それにくわえて、たとえいまも植田氏が経営層であったとしても、wideangle氏のコメントこそがおかしい。たとえば会計の煩雑化などは、どの立場からも制度の導入をこばむ根拠として十分だろう。
 Togetterに引用されているツイートを見ると、植田氏は情報漏洩の問題なども指摘している*1。現在は改善された部分だが、制度の性質上、情報漏洩がしやすい問題は残っている。
 そもそも植田氏は冒頭で、インボイスで廃業するかもしれないと答えたアニメや漫画のクリエイターは30%と語っている。経営者一個人の善意*2ですませられる規模ではない。


 たとえば最低賃金をあげるよう国家へ要求する経営者に対して、そのような要求はおかしいと批判したり、自身の社員の賃上げをすべきと批判すべきだろうか。
「最低賃金」引き上げ 暮らしは良くなるの? 新浪剛史社長に聞く!|深層NEWS|BS日テレ

経済財政諮問会議間議員として政府に政策提言を行っているサントリーHD社長・新浪剛史氏を迎え、日本の将来不安をどう乗り越えるべきなのかを聞きました。
今年最低賃金5%アップを唱え、議論を巻き起こした新浪氏の提言。狙いはどこに?最低賃金大幅UPで私たちの暮らしは良くなるのか?

 仮に、スタッフに賃金をまともにしはらわない会社と、スタッフにたっぷりの賃金をしはらう会社が、他の条件は同じ時に競争すると短期的には前者が高い利益をあげられる。無理をしいられたスタッフが逃げられれば前者の会社も破綻するが、それ以前に後者の会社が競争に負けて消えてしまえば逃げることもできなくなる。そして抵抗せず逃げるだけでは足元を見られて、やはり賃金がまともにしはらわれなくなることは、いまの日本が証明している。
 いわゆる「共有地の悲劇」や「合成の誤謬」を考えると、制度や環境について語る経営者へ個人努力を求めても反論にはならないし、制度の導入を肯定する根拠にはならない。制度批判をしている経営層には、せめてあるべき制度をぶつけるべきだろう。たとえばインボイス制度のかわりに法人税をあげて利益をスタッフへ還流させたり、偽装請負が常態化している業界を正常化するような制度変更を許容できるか、と問いつめるなら理解はできる。


 ちなみに、 末端の個人事業主であればインボイス反対を同意してもらえるかというと、必ずしもそうではない。植田氏と協力して会見*3した岡本麻弥氏もツイッターでよく非難されていた。
 自民党批判と対比して、個人として業界に賃上げを要求した声優をもちあげる「スーパー左嫌人極右(サブ垢)@RX_105XI」氏のようなツイートもあった。


自民党を偉そうに叩く声優は山ほどいるが、業界に賃上げ要求する神谷明のような漢気のある声優は全く見かけませんね

 上記ツイートをアニメ演出家の白石道太氏が引用し、協力して抵抗した声優が成果をあげた歴史と、抵抗が分断されて失敗した事例を指摘している。


声優自身の待遇改善要求の成果として最低限のギャラを定めた日俳連のランク制普及がある。某探偵ものの神谷氏は、個別のギャラの引き上げ要求の結果、折り合わず降板となった。

 そう、インボイス反対にさいして不思議と神谷明氏をもちあげるツイートは多いが*4、個々の立場で抵抗するよう分断されればされるほど、成果をあげることは難しくなる。その意味でもwideangle氏や「スーパー左嫌人極右(サブ垢)@RX_105XI」氏らはまちがっている。
 連帯して戦うことが珍しい状況では、勝ちとっても個人が優遇されるだけで末端は冷遇されかねなかったり、単純に勝つことが難しかったりする。だからこそ、協力して組合をつくって戦ったり制度を変えさせなければならない。そうした組合活動の成果により、声優と脚本はアニメ業界のなかでは比較的に権利が守られている職種ではあるのだ。

*1:4分36秒以降。

*2:あらかじめ制度にくみこまないかぎり、現状維持するだけでも経営側の善意にたよるしかない。

*3:hokke-ookami.hatenablog.com

*4:そもそも対立する行動とも思えない。神谷氏の抵抗する姿勢が今回のインボイス反対にも影響をあたえたと考えることはできないのだろうか。