法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『NHKスペシャル』東京ブラックホールⅢ 1989-1990 ~魅惑と罪のバブルの宮殿~

バブル末期の狂騒に満ちた東京。世界中の富が集められ抜きとられる直前の、幸福に満ちた都市をブラックホールとして描きだす。
「東京ブラックホールIII 1989-1990 魅惑と罪のバブルの宮殿」 - NHKスペシャル - NHK

山田孝之演じる若者がタイムスリップするのは1989年から1990年。バブル時代、経済成長率は先進国で最も高く、国民全体が多幸感に浸っていた。しかし89年末に史上最高値を記録した株価は年明けに急落し、日本経済は奈落の底に転落。

トラックドライバーの青年がカーナビの奇妙な指示にしたがって時間遡行し、たまたま出会った若い男女の住むアパートに転がりこむ。


1作目と2作目はNHKでディレクターをつとめてきた貴志謙介の手で、戦後日本の影をドラマをまじえて直視した。あえてドラマのメイキング風景を番組内で映すことで、よくあるモノクロ着色と違ってドキュメンタリの虚構性をあらわにする誠実さも好印象だった。
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この3作目も番組フォーマット自体は同じだが、バブル時代のレジャー映画『私をスキーに連れてって』のシナリオライター一色伸幸を起用。バブルの流れに乗った当事者の、反省しつつも自己憐憫と自己弁護がいりまじるドラマという印象が強く残った。

もちろん興味深い風景や情報はいくつもある。投機による利益だけでなく研究開発への多額の投資も実際におこなわれていたこと、経済的な豊かさが若者にまではとどかなかったことや、過半数が将来を楽観視しつつも労働時間は長く過酷だったこと、株価下落にあわせて米国の証券会社が一気に売りあびせたこと、そこで証券会社が利益をえならがら売りあびせつづけるための裁定取引の手法説明などは良かった。
しかし1作目や2作目にあったような、過去の出来事を現在に重ねあわせるような描写が足りない。株価を買い支えようとした元野村証券マンの証言は現在の政府による株価買い支えになぞらえるべきだろうし、カプセルホテルで睡眠時間を確保するサラリーマンの姿はネットカフェ難民を想起すべきところだろう。もちろん何もかも同じというわけではないが、それもきちんと比較しなければ違いが浮かびあがることはない。
合成した風景の面白味が少ないという企画の問題もある。おそらくモノクロ映像より技術的に困難なカラー映像で自然に合成しているところは見事ではあった。しかし現在でも視聴する機会が少なくない少し前の時代の映像に現代人がまぎれこんでも異化効果がない。冒頭の昭和天皇の葬儀に参列する人々や*1、バブルに違和感をいだく若者を吸収したオウム真理教は良かったが、もっと映像として印象的な歴史的な事件にたちあわせるべきだったろう。
ドラマパートを重視しているためか、主人公は世話になった人々のため歴史へ介入もする。あくまで学習漫画のように傍観者に徹していた過去作との大きな違いだ。ドキュメンタリとの主従関係を考えるなら、せめて歴史を変えようとしても変わらない苦しみのドラマにするべきだったと思う。
何より、山田孝之が主演するフォーマットを踏襲していることに無理を感じた。主人公はバブル時代の携帯電話の大きさなどに驚いていくが、そもそも俳優が1983年生まれなので、タイムスリップした時代は物心がついている年齢にしか見えない。今回は過去の風景を見て主人公がなつかしむような描写にするか、バブル時代より後に生まれた俳優を起用するべきではなかっただろうか。

*1:皇太子と同年齢という女性は、親を亡くしたこともあって昭和天皇を父のように思ってきたとカメラに語るが、そうした孤独な子供をたくさん生みだしたのが昭和天皇ではなかったか、と思った。