法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『NHKスペシャル』東京ブラックホールⅡ 破壊と創造の1964年

オリンピック直前の混沌とした東京。記録映像と再現映像を組みあわせて、田舎の若き労働力を飲みこむブラックホールとして描きだす。
https://www.nhk.or.jp/special/blackhole/

1964年は、東京オリンピックが開催され、日本に“夢と希望があふれていた時代”とノスタルジックに語られる年。山田孝之演じる現代の若者が、1964年に迷い込み、破壊と創造の時代を追体験する。

2020年の東京オリンピックに向けて、国内外の労働力が搾取されている東京。外国人労働者から「ブラックホール」の振り子を見せられた漫画家志望者が、過去へとタイムスリップする。


2019年10月13日に初回放映された。天皇制への風刺まで飛び出した2017年の1作目も印象深かったが*1、2019年の2作目も神話にいろどられた東京の成長期を闇まで直視する*2
空撮した東京はスモッグにおおわれ、東京タワーだけが顔を出す。小学校では全員がマスクをつけて整列する。まさか放送半年後に、それを思わせる風景が世界的な感染症によって生まれるとは、誰も予想していなかったことだろう。
船上で生活する人々のいる川には汚水がたれながされ、バキュームカーで集められた一千万人の排泄物は東京湾沖に投棄される。
若者に刺されたライシャワー大使が日本人から輸血したエピソードは、血を別けた兄弟になったというコメントの美談で終わらず、売血による肝炎で苦しんだところまで描かれる*3


1964年の五輪でも国家予算の1/3が投入された。インフラ整備を間にあわせる突貫工事では事故が多発した。沈没寸前で大量の砂利を運搬する船の映像に驚くし、半身不随になった人々がならぶ病床が痛々しい。
夢を求めて田舎から集まった若々しい当時の風景を映したドキュメンタリ映画が紹介される。世界に冠たる東京を田舎者の集まりとして描いたとしてお蔵入りになっていたという。一方で外国のドキュメンタリはカラーで映され、カラフルなネオンサインの下で、「トルコ風呂」のような性風俗が興味本位で撮影されたりもする。
手塚治虫が華々しくテレビアニメに進出するのと対照的に、主人公は毒々しい貸本漫画にひかれて住みこみで働き、水木しげるを賞賛する。


五輪は開催前の世論調査で2.2%しか関心をもたれておらず、他におこなうべき政策があるという考えも過半数をしめていた。
いざ開催されれば現在に記憶されるように五輪は華々しく報じられたが、「東洋の魔女」と呼ばれた女性バレーボールチームの意外な一面も描写されていく。
現在からはパワハラと評するしかないスパルタ指導は有名だが、あくまで企業のレクリエーションにすぎず、直前の世界大会の優勝で引退を考えていた。引退を表明した「東洋の魔女」には賛否が押しよせ、なかには「非国民」という罵倒まであった。大松博文監督はヒトラーというよりアイヒマンであった。
そもそも五輪種目にバレーボールは入っていなかったが、メダルを獲得するため開催地特権でねじこまれた。それでも直前に北朝鮮チームが撤退して規定されている6チームにとどかなくなり、あわてて韓国チームを呼んで数あわせした。まともな敵はソ連チームしかいなかった。
五輪のさなかで未参加の中国が初の核爆発実験に成功し、それを知った松本清張は五輪にさめた文章を残している。


主人公は過去の女性を見失ったまま現代にもどりつつ、漫画家として前を向く。しかしそれはどこまでも個人としての行動だった。
このドキュメンタリで2020年の東京五輪を楽観する視点はいっさいない。開催時に世論が熱狂へ反転することへの懸念も感じられる。
アニメ映画『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』*4やノンフィクション劇映画『Fukushima 50』*5と違って五輪開催を描いていないので、現実の未来との齟齬もない。
それゆえ五輪にメディアが熱狂する2021年に視聴して、あらためて印象深いドキュメンタリになっていた。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:基本的にタイムスリップした青年が住む東京だけを映しているので、同年の新潟地震などは言及されない。

*3:偶然にも放映のすぐ後に日赤の献血ポスターが話題になり、グッズをつかった献血インセンティブという側面も議論されていた。 hokke-ookami.hatenablog.com

*4:hokke-ookami.hatenablog.com

*5:hokke-ookami.hatenablog.com