法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

経済を回しているという理由で「オタク」を評価してもらおうとするべきではない

少し前、id:KoshianX氏が下記のようにツイートし、賛否両論を集めていた。


この30年の不景気でも消費を止めなかったのはオタクだけ

だからオタクコンテンツが日本中にあふれるようになったんですよ

子供たちもそれを見て育ってるから、いまの10〜20代はアニメ絵に抵抗がなくなった

問題があると思うなら自分たちが好みのものを買い支えたらいい

オタクがそうしてきたように

そもそも漫画アニメゲームの主要な顧客であろう若者に現在の「アニメ絵」への抵抗が少ないのは当然だと思うが。
「リンドウ@rindoh」氏などは可処分所得のなかから消費することには変わりがないのでは?という指摘もしている。


可処分所得が同じだったら、消費するカネなんて使い道がオタク趣味になるか子育てや不動産になるかの違いがあるだけで額は似たようなもんになるでしょ、経済回してる回してる価値観でいくなら結局カネ稼げてるかどうかで決まってくことになるけどそれでいいんかオタクくん、みたいなあれ

そうした批判を受けてか、なぜか男性の賃金減少と女性の社会進出を同一の流れのようにツイートしている。


不景気でもオタクだけは消費を続けてたっていうの、実は出産育児に行くはずだった金が推しに回ってるだけでしょというの本当に否定できなくてなあ……

男性の賃金が下がるとともに女性の社会進出でお金を持った女性が多くなって、おかげで刀剣周りの復興とかあったわけだけど……

そもそも子供が生まれたら、それはそれで「オタクコンテンツ」にかさなる漫画やアニメやゲームの消費が増えるのでは?といった疑問はさておいて。


単純な話として、「オタクコンテンツ」が他の趣味より経済を動かしている根拠がどれほどあるのだろうか。
育児や不動産とはまた別に余暇だけで消費金額を比べてみても、漫画やアニメはけして多くないはずだ。
たとえばシンクタンク日本生産性本部が「レジャー白書」というレポートを発行しており*1、パチンコ業界側が引用するように金額でパチンコ・パチスロが目立つ。
パチンコ・パチスロの市場規模 | 株式会社 藤商事

パチンコ・パチスロの市場規模は、日本の余暇市場において大きな割合をしめております。日本生産性本部が発行する「レジャー白書2020」によると、パチンコ・パチスロの市場規模は27.7%を占め、約20兆円の市場規模となっています。
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なぜかゲームと足されているギャンブルと分割できるほどに数字が大きい。1位の飲食と大差なく、3位は観光。漫画等に演劇などもふくめた趣味創作は全体の1割ほどしかない。
パチンコのヒットにより『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズが立ちあげられたり、マクロスシリーズで知られる制作会社サテライトがパチンコメーカーの傘下にくだったり*2、他にもパチンコメーカーに提供するため複数のアニメコンテンツが作られた時期があった。その必然性を感じさせる数字だ。逆にパチンコの影響によってアニメ絵が浸透している可能性を考えても良さそうだ。


そこで公式に公開されている要約を読むと印象が少し違ってきて、全体として新型コロナ禍の影響がひどい。
https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/summary2021_leisure.pdf
感染症をさけるため家庭内の余暇が多くなるはずで、事実として人数で見ると動画や音楽の鑑賞、読書が最上位にあがっている*3。たぶん一人頭の消費が少ないのだ。

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次に推移をしめしたグラフを見ると、パチンコにゲームがくみこまれている*4ようにパチンコ業界の引用とは印象が異なる。

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明らかに観光の落ち込みがはげしい。しかしそれでも趣味創作の金額は高くないし、やや落ち込んでいる。参加人数は多くても、ひとりの消費量が少ないのだ。
前後して各部門の細かい解説が書かれているが、映画館での鑑賞が激減しただけでなく、意外なことに配信事業はのびつつもソフト販売の消費は落ちたようだ。

 趣味・創作部門(前年比9.5%減)は、巣ごもり消費でコンテンツ配信(有料動画配信サービス、音楽配信、電子出版)は大きな伸びが続いたが、ビデオソフト、CD、書籍・雑誌は落ちた。音楽コンサート、演劇、映画などの鑑賞レジャーは激減。カメラ、ビデオカメラも落ち込みが大きい。
 娯楽部門(前年比21.8%減)は、公営競技の好調が続き、特にボートレースと地方競馬が大きく伸びた。巣ごもり消費でテレビゲームとソーシャルゲームが増加した。一方、飲食(外食、喫茶店・酒場・バー等)、カラオケボックス、パチンコ・パチスロ、ゲームセンターは大きく落ち込んだ。
 観光・行楽部門(前年比43.7%減)は、コロナ禍の移動制限等の影響で大きく減少した。海外旅行が前年比90%以上減少し、国内観光も総じてマイナスが大きく、航空、鉄道、バス、旅行業、ホテル、旅館、遊園地・レジャーランドの打撃は大きい。一方、二輪自動車に増加がみられた。

地方競馬ののびにソーシャルゲームウマ娘 プリティーダービー』と、そのTVアニメ2期の大ヒットが寄与している可能性は感じなくもない*5。しかしボートレースものびていることから、創作趣味からの新規ファンの増加が決定的な要素とも思いにくい*6
何より、もともとの数字の大きさと減少量だけで見れば、観光が優先的に支援されること自体は理解できる。もちろん感染の拡大につながりやすい趣味である以上、消費促進が支援策として適切だったとは思えないが。事実として感染の拡大縮小にあわせた断続的な消費支援では観光業をささえられない現状が数字からうかがえる。


いずれにしても、消費の数字だけを見れば趣味創作の規模は小さく、そのなかで「アニメ絵」に象徴される「オタクコンテンツ」が多くをしめているとはいいがたい*7
買い支えられている何かを批判する時に、別の何かを買い支える必要はない。もしその必要があるなら「オタク」が他を批判することも難しくなる。

*1:その調査からみちびかれる主張などに疑問があるが、ここでは脇におく。

*2:2020年に提携をやめて、今度は中国のネットサービス会社と提携している。ここでも時代の変化をいやおうなく感じる。

*3:20位までのランキングから、10位までを引用した。

*4:いわゆる「ガチャゲー」のように射幸心をあおるソーシャルゲームは、たしかにパチンコと親和性が高い気はするが。

*5:しかし後で気づいたが、よく考えたらTVアニメ2期は2021年初期に放映されたのだから2020年の動向に影響する可能性は低い。

*6:神田川JET GIRLS』からボートレース人気が上がったという話は寡聞にして知らない。

*7:現在、アニメ等は海外市場が無視できない規模に育っているが、それは今回とは別の話。