法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』デイヴィッド・グラン著

北米の先住民は多くの部族が故郷を追われつづけた。しかしオセージ族は先住民の血をひく弁護士の助けで、居留地の契約書に地下資源の権利をすべりこませる。そして発見された石油の権利で裕福な生活をおくることができた。
しかし1920年代になって、オセージ族の不審死があいつぎ、銃殺された被害者が荒野で発見される。進まない捜査に協力しようとした白人は、次々に姿を消す。居留地を逃れて街にうつった夫婦は、邸宅ごと爆破された。
発足したばかりで権限の弱かった連邦捜査局FBIが、組織の存在意義を証明するため、凄腕の捜査官トム・ホワイトを送りこむ。ホワイトは巨悪の尻尾をつかんだかに見えたが……


1959年に映画『連邦警察』*1の一幕として映像化もされた事件を、現代のジャーナリストが追跡調査したノンフィクション。2018年に早川書房から翻訳出版された。

出口の見えない死と謎が延々とつづく第一部、初期のFBIがおくりこんだ敏腕捜査官の捜査と半生を描く第二部、著者の歴史をほりおこす調査で闇が広がる第三部、という構成になっている。
北米では歴史として知られている事件をふりかえり、活躍しつつも歴史の表舞台に立たなかったアメリカンヒーローをたたえ、しかしそれらの闇が充分にあばかれず現在もつづいていることをつきつける。


第一部で記述される連続怪死はどれも陰惨で、淡々とした筆致が非人道性をきわだたせる。
オセージ族を助けようとする白人の有力者も出てくるが事件は止まらない。助力しようと外部にうったえようとする白人の法律家も登場するが、やはり悲惨な死をむかえていく。
もちろん利権や遺産をねらった暗殺ということは読んでいて見当がつく。それゆえ白人協力者も信用しづらい。しかしそれにしても殺害が派手すぎる謎が残る。危険な居住地を出て街で生活しはじめた家族などは爆弾で暗殺される。
あまりにスケールが大きすぎて、フィクションなら逆に地味な改変がされそうだ。


第二部は、オセージ族を利用して膨張した街の闇をあばく物語として、単独でまとまっている。
州をまたいで調査できる連邦警察FBIは発足直後。だからこそ、組織の存在価値を証明するために有能な捜査官をおくりこむ。
捜査官トム・ホワイトは前のめりに事件へつきすすむかと思いきや、むしろ公権力の行使に抑制的な人物だった。同じく抑制的だった父の影響をうけるように、差別を嫌い、銃をぬかず、慎重に調査をつづける。
あまりにも遅々として進まない捜査にじれて、ひとりの証言に飛びついて裁判をはじめるが、それがホワイトの数少ない失点になるあたりが皮肉な寓話だ。
それでも裁判に多くの関係者をひきずりこんだことで、ついに実行犯が悔いるように自白して、オセージ族への協力者を演じていた黒幕が裁きにかけられる。きわめて合理的な動機で殺害手段に爆殺が選ばれたという謎解きに、よくできた推理小説のようなカタルシスすらあった。
後日談も完成度が高い。ホワイトの活躍はFBIの広報に利用されたが、本人は優遇されなかった。清廉なホワイトと対比するように、ホワイトをおくりこんだ初代FBI長官の独裁ぶりも言及される。
そして捜査現場をしりぞいて刑務所の所長となったホワイトは、やはり穏健で公平な運営をおこなった。刑務所から脱走して少女を人質にとった犯罪者に対しても、自らを危険にさらして武器を乱用せず、加害者と被害者の命をともに救い、解決後も報復などはおこなわなかった。
真実のアメリカンヒーローがここにいた。自らの活躍を手記にして残そうとしたが、文才だけはなくて作家の力を借りながら出版に挫折したあたりも、適度な親近感のわかせかたが逆に完璧だ。


しかし現代の筆者が追跡取材した第三部で、完璧な英雄譚だった第二部がとりこぼしたものの多さがわかっていく。
あまりにも多くの連続殺人事件に黒幕がかかわっていたわけだが、黒幕とは無関係と思われる怪死も複数あった。オセージ族を傷つけて搾取する巨大システムは、ひとりの有力者がつくりあげたものとして露見した。しかし搾取で利益をあげられるシステムは白人の誰もが利用できる状況だった。
歴史に消えた個人の犯罪者ではなく、社会そのものが巨悪と判明していく恐怖。ホワイトという英雄が事件をとらえられたのは、美しい物語の範囲でだけ。その外には警察の権力が原理的におよばない、国家そのものの闇が横たわっていた。
さらに子孫の証言をえることで、第二部において良心をかいまみせたと思われた人物が、想像以上に邪悪な存在だったと判明する。これもノンフィクションでありながら伏線が見事で、暗澹としながら納得するしかない。
新型コロナ禍とBLM運動が注目される現在にかさなる歴史としても印象深かった。オセージ族は白人と比べても過酷な労働をせずに裕福な生活をおくっていたはずなのに、統計を見ると早く死亡した率が高い。そこから病死などとは別の理由でオセージ族が死んでいる可能性が示唆される。


ちなみにマーティン・スコセッシ監督がレオナルド・ディカプリオを起用して映画化も予定されている。いったん制作中断していたが、Appleと契約をむすんで資金調達し、2021年から再開すると昨年に報じられていた。
ディカプリオ&スコセッシ監督6度目のタッグ 実話を基にしたクライムドラマをAppleが獲得 : 映画ニュース - 映画.com

パラマウントが製作費を1億8000万ドルまでに抑えようとすると、スコセッシ監督は前作「アイリッシュマン」を手がけたNetflixに話を持ちかけた。Netflixは2億1500万ドルまでなら支払うと返答したが、スコセッシ監督は首を縦にふらず。すると、潤沢な資金を持つAppleがアプローチしてきたという経緯だ。

ディカプリオはホワイト捜査官を演じる予定だったが、被害者家族の白人夫に配役され、あわせて脚本も変更されたという。第二部のような勧善懲悪の娯楽作品にしないのなら、正しい判断だろう。

*1:あらすじはKINENOTEで確認できるが、架空の主人公が各地を転任する前半の1エピソードにすぎないようだ。連邦警察 - 作品情報・映画レビュー -KINENOTE(キネノート) 残念ながら日本ではVHSビデオでしか視聴できないようだ。

連邦警察 [VHS]

連邦警察 [VHS]

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