法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『チェイサー』

かつてジュンホは刑事だったが、今は娼婦を派遣して上前をはねている。そして行方をくらませた娼婦をさがして、ひとりの男に目星をつけるのだが……


2008年の韓国映画で、ナ・ホンジン監督のデビュー作。まったく異なる2003年のふたつの事件から、拉致殺害という共通点を抽出して*1、オリジナルのノワールとして完成させた。

何の変哲もない情景だけを映しながら、ゆるやかな坂を基点として位置関係がわかりやすい。犯人と主人公の追いかけっこでも不必要に混乱しない。
だからこそ、ひとつの印象的な建物の意味がさまがわりする場面も衝撃を増す。これが監督デビューとは思えないほど映像をつかった情報の提示がうまい。


物語は、2時間を超える長編サスペンスだが、驚くほど早々と主人公は犯人に気づく。
そこから追いつ追われつの「チェイサー」が展開されるかと思いきや、犯人の捕縛も早々に成功する。
ならば韓国映画らしく娼婦への陰鬱な暴力を描いていくのかと予想すると、物語は予想外の方向へ転がっていく……


これは、いうなれば早々と限りなく真相に近づいたがゆえ、逆に陥穽におちいってしまうというアンチミステリだ。
名探偵ジュンホは、早々に真相を99%まで暴きながら、自説に固執して1%の違いを無視してしまう。自身が虐げている娼婦への不信感と、すぐに問題を解決できるという希望的観測が、事件のスケールを見誤らせてしまい、するりと真犯人を逃してしまう。
犯人が凶悪なだけならば事件はもっと簡単に解決しただろうに、主人公の愚かな慢心が事態を長引かせて悪化させる。理性的という自認が、しばしば「正常性バイアス」でしかないことを、女性を利用する男性を主人公として具象化した物語となっている。
どこまでも沈鬱なノワールであり、台詞でメッセージを語らないシンプルな娯楽だが、社会を批判する視座がサスペンスの趣向と密接につながっている。まぎれもなく傑作。