合意を検証した韓国に対して“約束を守っていない”という理屈で非難する意見は、そもそも河野談話で明文化された「歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶」するという約束を破る条件が日韓合意にある*1ことを把握しているのだろうか。
もし日本人という立場で約束の順守を求めるなら、まず日本人を対象とした約束として日本政府へ河野談話を守らせなければおかしいのではないか。そうでないのは、約束ということ以外に順守を求める理由があるためではないのか。
それどころか、合意の効力がおよばない民間記念碑の建立や認可まで、日本政府はやめさせる根拠として日韓合意をもちだしている。そこでの日韓合意は約束として用いられているのではなく、約束を破るために用いられているのではないのか。
そもそも今回の韓国政府の検証や見解が、ある意味では二国間合意より約束として重い拷問等禁止条約にもとづいていることは周知されているのだろうか。
国連の拷問禁止委員会も、日韓合意の見直しを勧告 - 法華狼の日記
韓国政府の合意検証を実態にそって記述するなら、“韓国は約束を守らない”ではなく“韓国はより大きな約束を守っている”になるのではないか。
また、二国間合意において政府間の密約があったことを明らかにしたことと、合意で禁じられていない措置を求めたことは、約束の否定といえるのだろうか。
一般論でいっても、明文化してむすばれた約束と、代理人が当事者にも隠してむすんだ約束は、異なる次元であつかうべきではないのか。
弁護士の山口貴士氏などは下記のようにツイートしているが、代理人同士が当事者に隠した口約束を後任の代理人にも守らせるべきと主張するのだろうか。
なお、ツイート内の一般論そのものが誤っているとは思わない。
しかし山口氏の同業者といえば日本の弁護士と思われる。そこで日韓合意が批判されるとすれば、不手際という批判の対象には日本政府が入っているのではないだろうか。被害者が納得しない和解を代理人と加害者がむすんだことを、加害者の関係者*2が批判してはいけないというのだろうか。
くわえて、加害者側が和解成立後に被害者を傷つけるような虚偽を公言したり、過去の和解で認めた加害を根拠もなく否認すれば、加害者側は社会的に批判される*3のではないか、とは思うが。
日韓合意については、日本政府が過ちをおかしたか、合意そのものが過ちか、今のところ二択だと思っている - 法華狼の日記
後段で日韓合意の内容として「軍の関与のもとに多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題」とまでは認めているものの、具体的な被害の事実は否認している。もちろん杉山審議官は国連各委員から批判されたし、合意そのものにも厳しい視線が向けられた。
合意を重視したいならば、国連での日本政府の過ちが合意に反しているとみなすか、国連での日本政府の過ちすらふせげない合意とみなすか、どちらかを選ばなければなるまい。
実際に日本の弁護士のひとり、渡辺輝人氏*4の理路は、和解を利用して加害が重ねられる動きへの批判だった。この批判は日韓合意を絶対視する立場であっても成立する。