法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ドラえもん』おかし牧場/森は生きている

今回は注記原作を映像化し、前後でコンテ担当スタッフが異なる。植物関係の描写が前後とも印象的で、背景美術の技法をリニューアルしたことがわかりやすい。


「おかし牧場」は、食べても菓子がなくならないよう、秘密道具で家畜のように増やそうとする。試行錯誤して、近所の空き地で大量に育てることに成功したが……
コンテはひさしぶりのパクキョンスン。2005年のリニューアル以前の仕事が多いベテランなので、ギャグのセンスなどはやや古いか。
映像表現として面白いのが、秘密道具の牧草がきちんと伸びていて、空き地に入ると膝まで隠れること。低いカメラ位置から牧草をなめてキャラクターを映す構図などで、いつもの空き地が牧場らしい広がりを感じさせる。おかしを夜につれだす場面も、夜景がしっかり描かれていた。
展開は原作をそのまま再現。原作では扉絵のイメージだけだったテンガロンハットを本編でかぶったり、尺にあわせてお菓子の種類を増やしたりしているくらい。


「森は生きている」は、裏山に逃げ場を見いだしたのび太のため、山と心をかよわす秘密道具をドラえもんが出してやる。しかしのび太は山へこもりきりになり……
のび太が一種の虚構に救いを見いだしつつ、別離することで少し大人になる、そんな印象的なエピソードを力強く映像化していた。せつない成長譚であり、もう少し孤立を許容してもいいのでは、と成長していない人間としては今でも感じる。
そもそも“現実に帰れ”的なメッセージを虚構で展開することは原理的に矛盾する。原作はあくまで通過儀礼として別離を描くことで、良かった記憶を「夢」に位置づけて成立していた。さらに今回のアニメ化では、逃げ場を遠くからながめる場面を結末で足して、記憶と愛着をもちつづけることは肯定する。あくまで耽溺して依存することを批判しているのであって、夢を見ることまでは否定しないことを明確にした。
細かいアレンジでは、ドラえもんと山の心が論争する場面で、山の心が実力行使する描写も良かった*1。耐えるドラえもんで本気ぶりがわかるし、のび太が論争を見にくる時に本心ではドラえもんを思いやっている優しさが生まれた。ただ、時間を省略したかったにしても、秘密道具「心の土」は原作と同じように山のあちこちに撒く手間をかけてほしかった。努力して時間をかけてこそ心が通じる説得力が出るものだ。
コンテ演出は、これまで重要回に作画監督として参加してきた岡野慎吾。『映画ドラえもん 新・のび太の日本誕生』では演出を担当していたし、『NARUTO -ナルト- 疾風伝』でコンテ経験もあるが、あまり演出経験は多くない。
しかしアニメーター出身でも動かすことにたよらず、全体を気を配って映像を充実させていた。特に光源を意識した絵作りが出色で、場面ごとに登場人物の心情を反映して、顔が陰ったり光が差したりする。2017年のリニューアルでキャラクターの影を少なくしたことから、影がつくことで画面の密度が上がったことがわかりやすい。森の植物の描写も原作以上に充実していて、作画で動かしてファンタジックに楽しませる部分もあれば、背景美術として描かれた葉をざわめかせる技法もつかっている。

*1:2008年に30分枠いっぱいでアニメ化された時は、結末で友人がいっしょに説得。孤独な少年が山に救いを求めた原作とはニュアンスが変わっていた。『ドラえもん』森は生きている - 法華狼の日記